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 これ以上嫌われるのが怖かったから。  結局、葛藤はその後も止まず、何の行動も起こせないまま一週間が過ぎた頃、歩樹が全く意図せぬ形で結末はやってきた。  母がいなくなったのだ。  本当に一週間かは分からない。意を決して部屋を尋ねると、まるで誰も居なかったように綺麗に片付けられていた。 「あの(ひと)なら、もう二度と……ここには来ないよ」  突如背後からかけられた声に、呆然と立ち尽くしていた歩樹が後ろを振り向くと、抑揚の無い声音と同じく無表情な楓がいた。 「……楓」 「兄さん、なんで……」 『助けてくれなかったの?』  声は途中で切れたけれど、聞き返せなかったけれど、きっと楓はそう言ったのだ。歩樹が迷った数日間も、楓の立場になってみればかなり長かっただろう。  後悔してももう遅い。自らを幾ら責めても足りない。  それを最後に楓が歩樹に声を掛けてくることは無く、拒絶されたのが分かっていたから歩樹も話し掛けなくなった。  だから、どんな経緯で終わったのかを尋ねることも出来なくて、佑樹を介した時にだけ、お互い普通に接するのが暗黙のルールとなった。  自分の中の秘めた想いが陽の目を見ることはない。  接触もないのだから、彼に気づかれる筈もない。そう考えると胸の奥がジクジクと痛みを覚えたけれど、お互いにとってそれが一番良い結論だと思っていた。  それから少し経ってから、父親に離婚したと報告をされけれど、その時にも詳しい話は聞けなかったし、自分を嫌悪している楓と顔を合わせたくなかったから、大学への進学を機に歩樹は織間の家を出た。  時折帰省してはいたけれど、そんな時には決まって楓は留守にしていて会うこともない。  その当時はそれで良いと思っていた。  会わずに過ごした日々の中で、想いは徐々に薄れてきていて、中途半端に会わない方がお互いの為に都合が良いと。歩樹は密かな恋慕の情を、楓は深い憎悪の情を、別々の場所で生きているうちにいつか赦せる日が来る筈だ……と。

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