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「兄さんもスーツで行くんだ」
「当たり前だろ。とりあえず挨拶だけはちゃんとしないと……お前もだろう」
「俺は事務方 だからこれから毎日スーツだけど……これ、変じゃない?」
「ん? 全然おかしくないよ」
たくましい体つきに濃紺のスーツが良く似合っているのを瞳に映し、歩樹は僅かに口角を上げ、楓にそう言葉を返す。
今日は正式に働く前に、病院へと挨拶に赴くこととなっていた。
父親の意向としては、後継者のお披露目といったところだろう。
「兄さんも似合ってるけど、サイズがちょっと大きいみたいだ」
「ああ、昔買ったヤツだからかな」
ワイシャツの衿と首の間に出来た隙間に指を差し込まれ、ゾクリと背筋を震わせながらいたって普通に歩樹は答える。
本当は痩せたせいだ。
そんなこと、楓にだって分かっている筈なのに、何食わぬ顔で聞いてくる彼の本心がやはり分からない。
「これからは色々と使う機会も増えるだろうから、新しく仕立てたほうがいいかもな」
「……そうだな」
首筋をツッとなぞるように楓の指が引き抜かれ、それだけのことで反応しそうな自分の身体に吐き気がした。
最近の状況といえば、なにも無ければいたって普通。夜になれば抱かれるだけで、それも抵抗さえしなければ大きな苦痛は伴わない。
『出ていく』と告げた日からの彼の仕打ちは執拗だったが、あれ以来、酷くされることはあまり無く、むしろ優しくさえあるように感じて歩樹は戸惑っていた。
とはいえ、何をきっかけに彼のスイッチが入るのかは分からないから、神経を尖らせている日々に疲れはかなり溜まっていて――。
「そろそろ行こう」
「ああ」
声に頷き立った歩樹は楓に倣って玄関へ行き、並んで靴を履いたけど、どういう訳か足が竦んでそこから動けなくなった。
「兄さん?」
前へと立った楓の靴が目に入るけれど、顔を上げることができない。
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