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「歩樹の……体調は大丈夫なのか?」 (ああ、そっちの心配か) 「多分、もう大丈夫だと思いますよ。風邪を拗らせただけだって、兄さん自身が言ってたので」  医師である本人へと直接聞けば早いのに……と、内心思った楓だが、そう出来ない父の心理も分かっていたからきちんと答えた。  今日も顔色が悪かったから、仕事に差し支えるのではないかときっと心配しているのだろう。  昔から、父親にとって大切なのは、子供よりも病院だった。  精悍な顔と立派な体躯は患者からの受けも良く、仕事上での人望も厚いが、家庭人としては無能だと言って差し支え無いだろう。  自分と彼は容貌が似ていると良く言われるが、楓にとっては全く嬉しい話じゃなかった。 「そうか、ならいいが、体調管理は大事だから、気をつけるように言っておいてくれ」 「はい。用件はそれだけでしょうか?」 『そんなこと、自分で言えば良いのに』という言葉を呑んで返事をすると、表情が少し強張ったから楓は軽く目を細めた。 「いや、もう一つある。その、あれだ。楓は……話したりしてないか?」 「……なにをですか?」 「歩樹と佑樹の……母親のことだ」 (今度はそれか)  珍しく歯切れが悪いと思ったら、結局それを聞きたかったのかと楓は内心苦笑する。  いくらら放任主義とはいえ、少しは父親としての情があるのだろうか? それともただ、漏れると外聞に関わるからなのだろうか? 「兄さんにも佑樹にも、私からは何も言ってないです。でも、佑樹はともかく兄さんには話しても大丈夫かと」 「いや、いつかは話すがまだ時期じゃない。済まないがまだ黙っていてくれ。いいな」 「父さんがそう言うなら」  迷いを含んだような面持ちをわざと作ってそう答えると、念を押すように『頼んだぞ』と、威厳のある声で言われる。  頷きを一つ返してやれば、あからさまにホッとしたような顔をしたから可笑しくなった。 『歩樹に話して大丈夫』なんて口では言ったが本音は逆だ。知られたらなにかと不都合なのは、楓も父と同じだから。

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