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そんなことを考えながら、病院を出て歩きはじめ、最初は周りに目を配っている余裕もなかった歩樹だが……何回目かの角を曲がり、少し視線を上げた途端、映り込んできた薄紅色に思わず一旦足を止め、小さく感嘆の声をあげた。
「ああ」
視線の先には道路を挟んで左右に並ぶ桜があり、暖かな風が通り抜けると、満開の木から薄い花びらがヒラリヒラリと舞い降りる。
(綺麗だ)
朝、車で来た時には、窓の外を見る余裕も無かった。
季節のうつろいに気づけないほど、視野が狭くなっていることを実感し胸が苦しくなる。
(このままじゃ……ダメだなんてことは、分かってるんだ。だけど)
「アユ?」
立ち尽くしたまま桜を見上げ、深く考えに耽っていると、聞き慣れた……けれど懐かしい声が自分の名前を呼ぶのが聞こえ――。
「……貴司」
幻聴かと思いながらも振り返った歩樹の瞳へと懐かしい人物の驚いた顔がはっきり映った。
***
「本当に驚いたよ。久しぶりだね」
「はい、俺も驚きました。あ、でもアユの実家あそこだから、あり得ない話じゃないか」
病院の方向を指差し微笑む貴司を見て、陰りが消えたその表情に歩樹は心底安堵した。
立ち話も何だからお茶でも飲もうという話になり、ならば桜が綺麗だからと近くにある公園のベンチへ移動して……今は並んで座っている。
「あれから、彼とは上手くやってるのかい?」
様子を見れば想像はつくが、それでも気になり尋ねてみると、一瞬視線を彷徨わせた後、こっちを向いてはにかんだ。
「はい。今はちょっと喧嘩……っていうか、行き違いって感じになってるけど、前とは違ってちゃんと向き合えてると思う」
「そうか、なら良かった」
「あの時は、色々助けて貰ってありがとうございました。いつかちゃんとお礼がしたいってずっと思ってて……あ、そうそう、俺、彼の進学で明後日東京に引っ越すんで、そうしたらアユのマンション訪ねようって思ってたんです。でも、今日久しぶりに一人で買い物に出れたから、もしかしたらたまたまアユが帰って来てるんじゃないかって……実はご実家の玄関のあたりでちょっとウロウロしてました」
「不審者みたいですよね」と、照れたように笑う表情が眩しくて、歩樹は少し目を細めると、唇の端を持ち上げた。
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