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「んっ……」
ゆっくり瞼を開いていくと、薄紅が瞳へと映る。
(ここは?)
「あ、目が覚めました?」
頭の上から聞こえてくる心配そうな貴司の声に、状況を思い出してた歩樹は慌てて起き上がろうとするが、頭がクラクラしているせいで上手く体を動かせない。
「すまない」
「謝らないでいいですから、このまま少し休んでてください」
いつの間にか、先程座っていたベンチで膝枕をされていた。意識を飛ばした時間自体は短かったと言われたが、結果迷惑をかけてしまって申し訳なさで一杯になる。
「情けない姿、見せちゃったな」
微笑もうと思ったのに、苦笑いにしかならなかった。
「そんなことない。大変な時は誰かを頼って良いって……そう教えてくれたのはアユなのに、こんなになっても貴方は一人で頑張ろうとしちゃうんですね。俺じゃ力不足だろうけど、何か出来ることはないですか?」
真摯な声が耳へと響き、フワリと髪を撫でられる。自分は何度もしたことがあるが、されたのは初めてで、触れる指先の心地よさに、心が少し軽くなった。
「少しだけ、そうしててくれないか」
頼ることは出来ないけれど、少しの間、彼に甘えてもいいだろうか?
「勿論、こんなことで良かったら、幾らでもします」
柔らかな声。それ以上は何も言わずに優しい手つきで何度か頭を撫でられるうち、さっき目が覚めたばかりなのにまた瞼が重くなる。
「桜、綺麗だな」
見下ろしてくる貴司の顔と後ろに見える桜の花が、まるで切り取った絵画みたいで心がジワリと温かくなった。
「ええ、綺麗ですね」
視線を上げた貴司の返事に今度はきちんと笑みを返す。
「そういえば、スケッチブック預かったままなんだ。必要なら送るけど、もし貴司が良かったら、俺にくれないか?」
「気に入っている」と付け加えれば一瞬だけ手が止まり、どうやら照れてしまったようで、みるみる顔が赤くなった。
「アユが気に入ってくれたなら」
「ありがとう」
はにかむ姿が愛しく思え、歩樹は自然に腕を伸ばして彼の頭を軽く撫でる。
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