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「楓」 「院長が紹介したい女がいるって言うから行ってくる。ホントは兄さんにって話だったみたいだけど、俺が受けといたから」 「そうか」  勝手な事をと思いはしたが、口には出さずに返事をすると、抱き締める腕に力が籠り、息苦しさに思わず歩樹は振りほどこうと身を捩る。 「分かったから、離してくれ」  そんな話なら別に廊下でも出来ただろうと付け加えれば、鼻で笑った楓が突然腕を離して歩樹の体を後ろからドンと突き飛ばした。 「……っい!」  思わぬ行為にふらつきはしたが、バランスを取って踏み留まる。振り返りながら何をするんだと言いかけた時……今度は首を背後から掴まれ床に叩きつけられた。 「なにする……」 「廊下じゃこんなこと、出来ないだろ」  飄々とした涼しげな声に腹の底が冷えていく。這いつくばる格好から起き上がろうとするけれど、首に掛かる圧は強まりそれを許してはくれなかった。 「ケツ上げろよ」  耳元で低く囁かれる。  職場で、しかも誰が来るとも限らない場所で、そんなことは出来やしないと首を小さく横に振れば、喉の奥で笑った楓が歩樹の尻へと触れてくる。 「じゃあ、選ばせてやるよ。口でするか、ここで全部脱いでオナニーするか」 「そんなこと、できる訳ないだろ」  絞り出すように返事をすると、尻を撫でていた掌が脚の間から前に差し込まれ、布越しにギュッとペニスを掴まれ歩樹の体が強張った。 「いっ! やめ……ろ」 「俺は選べって言ってるんだ」  小さいけれど強い口調。  何をそんなに苛ついているのか分からないから性質(たち)が悪い。  今まで、さすがに職場で仕掛けてきたことなど無かったし、暴力的な一面も影を潜めていたはずなのに。 「ドア、鍵閉めてないから、兄さんが早く決めないと……誰か入ってくるかもな」  分かり切った脅し文句に、それでも血の気が引いていくのが自分自身でも良く分かった。こんな場面を見られでもしたら、自分はともかく彼の評判に傷か付いてしまうだろう。  ならば。 「……分かった。口でする」  たとえ見られても、まだ誤魔化せる可能性がある前者を歩樹は選択した。途端に首を圧迫していた掌がスッと離される。

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