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(俺は……なにをやってるんだ)
駐輪場へと向かいながら、夕闇に染まる空を仰ぐ。
楓が部屋を出て行ってから、二十分程が経ってようやく病院を後にすることが出来た。
呆けていた訳ではない。室内に篭る匂いをなんとか消さなければならなかったし、勃ってしまった自分のペニスも落ち着かせねばならなかった。
(なんで、あんな……)
どうして職場で仕掛けてきたかは考えてみても解らない。だけど、彼がかなり苛立っているのははっきりと伝わってきた。
(見合いには……間に合ったんだろうか)
何気なくそう思った途端、締めつけるように胸が痛む。
歩樹に来ていた話を代わりに楓が受けたと言っていた。それに怒りは感じないが、こうまでするのは余程自分が彼に嫌われているからだろう。
たぶん、楓は同性愛者を嫌悪する傾向の人間だ。戒めのように自分を抱くが、それはただ単に暴力の中の一環でしかない。
『見合なんて許さない。兄さんにそんな権利は無い』
楓が牙を剥いた夜、吐き出すように告げられた言葉が頭の中で木霊する。
表面的な平穏に流されそうになっていたが、彼は本気で自分を憎み、安寧を求めることをこれからもきっと許さない。
(でも、もしも……)
こうして見合いを重ねる内、楓自身が運命の女性に出会ったら? その時自分はきちんと笑って彼を祝福出来るだろうか? 解放されたと心の底から喜ぶことが出来るだろうか?
(救えない。本当に俺は)
堂々巡りの思考の中、シクリと痛む胸の疼きを追い払うように頭を振り、通勤用のマウンテンバイクに乗ろうと腕を伸ばした時、携帯電話の着信音が内ポケットから聞こえてきた。
午後十時。
駅前にあるホテルの一室で書類の束を見ていた歩樹は、自分の血の気が引いているのをはっきりと感じ俯いた。指先が、細かく震える。
先程受けた電話の相手は興信所の人間で、調査結果が纏まったから渡したいという旨だった。
依頼した時、郵送では不味いと伝えてあったから、取りに来るように言われるのだと思って日時を告げようとすると、丁度仕事で近くに来るから時間が合えば渡すと言う。
ならばと場所を指定して、受け取ったのが八時過ぎ。
家に帰っては読めないと思い、ビジネスホテルの一室を取って急いで全てに目を通した。
そして今、思いもよらない内容に……愕然とした歩樹の頭は混乱の最中にある。
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