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(とりあえず行って、夜までに帰って来ればいい)  どうせ昨日の無断外泊で楓は怒っているだろうから、今更帰宅が夜になってもそれほど変わらないだろう。  目的の人物に会えるかどうかも分からないが、連絡をすれば警戒されてしまうかもしれないから、直接訪ねたほうがいい。 「……よし」  そこまで予定を決めた歩樹は資料を一纏めにすると、自分に気合いを入れるように両掌で頬を叩き、行動を開始した。  ***  北関東の小さな市から三時間程移動した場所に目的地の都市はあり、赤松台という名の駅で歩樹は電車を降り立った。時間は十時を回ったところで、働いていないとすれば在宅している可能性は少なくはないだろう。  資料には既に再婚していて、高校生の夫の連れ子と三人暮らしと書いてあった。  電源を切ったままの携帯電話は使えないから、ネットカフェで検索をして、大体の場所を調べた歩樹がそれをもとに向かった先は閑静な住宅街で。 「ここ……か」  思った通り立派な家に歩樹は小さく嘆息した。インターホンを押す瞬間、胸が鼓動を速めるけれど、それは仕方ないだろう。なにせ、十年以上ぶりに母親と再会するのだから。 「久しぶりね」  十二年ぶりに会う母親は、五十代には見えないくらいに若々しく、昔歩樹が感じていた禍々しさはすっかり影を潜めていた。  自分が大人になったから、見え方が変わったのだろうか?  当時はまるで魔女のように恐ろしいと思っていたのに、そこに居るのはしっかりとした大人の女性という印象だ。  インターホンを押した後、少ししてから玄関を開けて出てきた彼女は困ったような顔をしたが、それでも中へと入れてくれた。  再婚相手も医師だと聞いたが、家政婦などはいないらしく、応接間へと案内すると、飲み物を取りに行った彼女が向かい側へと腰を下ろす。 「お久しぶりです。突然、すみません」  ソファーから立った歩樹が深く頭を下げて挨拶すると、「いいのよ」と答えた彼女がフワリとこちらに笑みを向けた。

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