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(誰か、泣いてる)
暗闇の中を漂うような感覚に……これは夢だと思いながらも、歩樹は意識を研ぎ澄ます。
微かに聞こえるすすり泣くような声の方へ向かって行くと、淡い光が射し込んできて、少年が一人こちらに背を向け立っているのが見えてきた。
「……楓?」
確かめなくてもすぐ分かる。この姿は出会った頃のまだ幼い楓のものだ。
突然知らない家の中へと説明も無しに放られて、きっと心細かったろうに、彼が泣く姿を見たのは記憶の中で一度だけ。
一緒に暮らし始めてから数日が経ったころ、彼を探して出た庭の奥で声も出さずに一人で肩を震わせていた。
どうすればいいか分からないから、幼い歩樹は黙って彼の横へと並んで手を繋いだ。
きっとそれが、彼と自分とが兄弟になれた瞬間だったのだと思う。
(今の俺になにができる?)
気づけば景色は暗闇から、記憶に残る新緑へとその姿を変えており、歩樹はコクリと唾を飲み込むと、楓の背後まで歩みを進めた。
「楓」
せめて今、夢の中では気持ちを素直に示そうと思い、腕を伸ばして抱き締めると、確かな感触をそこに感じて歩樹は更に力を込める。
「ごめん、俺は……」
色々なことを間違えた。あの時、小さな楓を自分が守っていかなければと決意したのに、いつの頃からか持ってはいけない感情を抱いてしまった。
(だから、これからは……)
「……んぅ」
「兄さん、目が覚めた?」
「か……楓?」
状況が上手く飲み込めず、声のする方を向こうとするが、制すようにうなじにキスをされ身体に小さく震えが走る。
「どこか痛い?」
「あちこち、痛む」
ベッドの上、背後から腹を抱き締められた状態なのだと理解してから言葉を返せば、「そうだろうな」と笑う声が耳元へと響いてきた。
「中、綺麗にしといたから」
「……ああ」
断片的な記憶しか無いが、風呂に入った覚えはある。その証拠に、自分と楓の身体からは同じ石鹸の匂いがした。
こんな時、ありがとうとは言えないから、いたたまれない気分に包まれ、歩樹は身体を強張らせる。
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