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『でもね、それだけじゃ終わらなかった』
叔母の妊娠。それが全てを破綻させた。
気づいた時には堕胎も出来ない月齢になってしまっており、誰の子供かも言わない彼女に祖母も親族も困り果てた。
終には、出産後すぐに子供と共に姿を消し、四方八方手を尽くしたが、結局居場所は分からなかった。
『私には、すぐ分かった。あの人が匿ったって』
溺愛していた妹が、妊娠しても居なくなっても冷静でいられるなんて、ありえないと思ったと言う。
『本当は、お義母さんと何人かの親戚も、それを知ってた筈よ』
本気で探し出そうと思えば、乳飲み子とその母親くらい、容易に探し出せた筈だと思って歩樹も頷いた。
もしそれが、父しか知らない秘密であれば、歩樹が興信所に頼んでも、簡単に漏れる話じゃない。
耐えられなくなった母は家を出た。
一旦歩樹を連れて出たが、すぐに見つかり連れ戻され、対外的でいいから妻で居てほしいと祖母に言われた。
それでも離婚を選ぶのならば、実家への援助は止め、親権も一樹が取ると。
『あの時、心が……壊れてしまった』
問題に全て蓋をして、織間の家を守ることばかりを優先する考えに、逃げ場を無くした母の絶望は更に深い物となり、鬱状態に陥った彼女は自暴自棄になっていく。
『向こうには、向こうの言い分があるのかもしれない。私の話は一方的なもので、なにを言っても許されないのは分かってる。だけど……』
一樹が楓を連れて来た時、すぐに義妹との間の子だと分かったという。
どういう経緯か分からないが、そんなことよりも深い憎悪が胸の底からわきだしてきて、それから母は一層家に寄り付けなくなってしまった。
『貴方と佑樹の父親は……優しい人だった。このまま家に帰らないで、一緒に暮らそうって。歩樹も連れて来て、三人で暮らそうって』
俯き、涙を流すその姿に、歩樹の胸は言いようのない切ない気持に包まれる。
彼女が歩樹を身籠った時、遊びだと思っていた相手は、きっと真剣に彼女のことを思ってくれていたのだろう。
そうでなければ、そんなに長く付き合うのは困難だ。彼女の事情を知っていたなら尚更に。
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