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(羨ましいな)  佑樹は自分と楓の事を羨ましいと言ったけれど、歩樹にとっては彼と亮の関係の方が羨ましい。 (楓が俺を心配してた……か)  見ていた佑樹がそう言うのならば、きっとそう見えたのだろう。それを「間違いだ」と、切り捨ててしまうつもりは無いけれど。 (ダメだ)  楓に特別な想いを抱く自覚が十分あるだけに、都合良く解釈したいと思う自分の心を制する事は意外と困難だ。  乱立している矛盾の中、見え隠れする物の正体を突き止めてしまったら……引き返せなくなってしまう。  この関係が終わる時、例え表面だけであっても兄弟でいたいなら、全ての秘密を抱えたまま、沈黙を守り続ける事が一番良い方法だ。 (そうだ、それが一番いい)  結婚して、子を為して……普通に見える幸せを掴む権利が彼には当然ある。  彼の執着は恨みであり、他の物であってはいけない。絶対に。  夜が近づき太陽が西の空を朱く染めていく。市の中央を流れる川に架かる橋へと差し掛かると、マンションが前に見えてきて……なんとはなしに視線を移すと、ゆったりとした流れの中で水面が闇を纏って揺れた。  決して流れに逆らわない。  そんな、川の流れのような生き方に憧れて、いつでも周りの人々に合わせ、平等に、動じぬようにと生きてきたつもりだった。  だけど、自分の心に関しては――。 (貴司は……偉い)  佑樹も、そして母親も、迷いながら懸命に、自分と向き合う努力をしていた。 『大変な時は誰かを頼っていいって、そう教えてくれたのはアユなのに』  唐突に、貴司の言葉が頭の中へと木霊する。  自嘲的な笑みを浮かべて頭の中で反芻すると、歩樹は自分の薄っぺらさに軽く吐き気を催した。 (あれは、俺のエゴだ)  自分が頼られるのはいいが、自分は他人を頼れない。  当時は確かに一生懸命助けたいと思っていたが、頼られることで自尊心を満足させたと人に言われても反論出来ないほどに愚かだ。  ずっと強いと思っていた。どんなに辛いことがあっても、表に出さずに生きていけると思っていた。楓によって、全てを剥ぎ取られるまでは。 (もう、考えるな)  こうなってしまえばもう……全てを黙って受け止めるしか、自分の中の矜持を保つ術は残されてなどいない。  見誤った物が何なのかを頭の中で言葉にすれば、失う物が大きいことは直感的に分かるから……歩樹は敢えて答えを求めず心に鍵を掛けようとした。

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