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「最近、俺を避けてただろ」 「……さけてない。夜勤……だったから」 「そんなこと、知ってる。でも、それだけじゃないだろ。俺の言ったこと、聞こえてたから……だから避けてる。違う?」 「なっ」  突然の問いに答えられず、身体がビクリと不自然に跳ねた。 「やっぱりな」 「違う、そんなんじゃ……」  常の状態ではしない失態に、歩樹は焦りを覚えるが、上手く思考が纏められずに言葉はすぐに途切れてしまう。 「あれは嘘だって俺が言えば、アンタが安心するっていうのは分かってる。でも、残念だけどそうしてやれない」 「なにを……言ってる」 「知らないフリするなよ。もう分かってんだろ? だけどアンタは狡いから……違うか、こういうのは優しいって言うんだろうな」  独白みたいな楓の呟きに鼓動が一気に速まった。そして、それが伝わったのだろう……耳元で、クスリと笑う音がする。 「ずっと、憎いんだと思ってた。だけど……」 「止めろ」  これ以上、彼に言葉を紡がせてはいけないと、本能的に悟った歩樹は、自らの耳を掌で塞ぎ、喘ぐように言い放つ。 「聞けよ。分かってるから、アンタにとって必要なのは、弟としての俺だって……分かってるから」  幾ら懸命に塞いでみても、指の隙間から入り込む声は直接頭に響いてきて、完全には断ち切れない。 「んっ……ふぅっ」  項にベロリと舌を這わされ、歩樹の口から吐息が漏れた。それと同時にペニスを緩く揉み込まれれば、与えられる愉悦に震え、身体から力が抜けてしまう。  更には、もう片方の彼の掌に左の手首を掴まれて、塞いでいたはずの耳から簡単に手が剥がされた。 「歩樹、愛してる」 「あっ……やめ……」  低く切なげな楓の声音に歩樹は何度も首を振った。名前で呼ばれたことも無いから、余計に混乱してしまい、どう反応すればいいか分からなくなってしまう。 「分かってる。でも、俺はもう……アンタを兄だと思ってない。アンタの理想の家庭像につき合ってやるつもりもないし、どんなに嫌だとアンタが言っても手放してやるつもりもない」 「なん……で」 「気づいたから。歩樹のことが好きなんだって」  支離滅裂に聞こえる告白に、動揺のあまり声も出せない。  常に先の事を予測して、何を言われてもすぐに答えを出せるようにシミュレートしているが、その予想を超えていたから、すぐには思考が追いつかなかった。

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