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 そんな母の亡骸を、たまたま発見してしまったのは楓が五歳の時のこと。  死んだのだという認識も持てずぼんやりしていた楓の前に、突然何の前触れも無しにやって来た叔父という人物は……説明もほとんど無いまま知らない家へと楓を押し込み、今日からここで従兄弟と一緒に暮らせとだけ言い放った。 (昔から……自分勝手で臆病な人だった)  初めて会った年上の従兄は優しくて……怯えていた楓だったが、彼と一緒に過ごすうちに気づけばなついてしまっていた。  血縁的には従兄であると知ってはいたが、いつの間にか兄と呼び、彼が楓の狭い世界のほとんどを占めてしまうほどに。 (幸せだった。あんなことになるまでは)  義母と会った事などそれこそ片手で数えられるほどしか無く、歩樹に良く似た面持ちの、綺麗な人だという印象しか楓は抱いていなかった。  当時の楓は歩樹が男とセックスしている場面を見て、そのことに酷く混乱し、行き場のない憤りをどう晴らせば良いのか分からず一人途方に暮れていて。 『話があるの。貴方だけに』  そんな折、義母から声を掛けられた。  いつもなら、まず歩樹へと相談をするところだが、出来る状況ではなかったし、まさか義母があんな事をするなんて、誰が想像出来ただろう?  義母からは、楓は父とその妹との間に産まれた子供であり、忌まわしい存在なのだと告げられた。  そして、歩樹と佑樹は織間の血を一切継いでいないのだとも。  なぜ彼女が自分に言ったか今になっても分からないけれど、当時の楓は歩樹に事実を知られることを心底恐れた。  血の繋がりが無いと分かれば、更に遠くなっていくような不安に駆られてしまったのだ。  だから誰にも言えないまま、彼女の強制的な誘いに応じ続けていたけれど……気づいた祖母が父に話してそれも突然終焉を迎えた。 『彼女から聞いたことは、誰にも言わないで欲しい』  不貞現場を抑えた後、最初に父から告げられたのは、思いもよらない一言で。  初めて楓へと目を向けた父は、深々と頭を下げ、秘密を守って欲しいと言った。歩樹も佑樹も知らないから、家のために黙っていろ……と。

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