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 性的虐待を受けた楓に労りの言葉もなく、不貞をした妻に対して嫉妬や怒りを全く見せない父親に……初めて持った感情は、不信感だけだった。  どういう経緯であったにせよ、実の妹を身篭らせた上、家の体裁を守るためだけに形はどうあれ追い出したのだとこの時楓は確信し、最低な、心の無い人間だと強く思った。 (だけど、歩樹を犯した俺だって、アイツと同じなのかもしれない)  歩樹が告発出来ないことを知りながら、何も知らずに平和で綺麗な世界の中、優等生で居続ける彼を、ズタズタにしたい衝動に駆られその感情を止められなかった。  あんなにずっと傍にいて、一番近いと思っていたのに、影では男と関係を持ち、義母との情事を知っても助けてくれなかった歩樹のことを、憎いと思ってしまったから。 (後悔は……した)  だから離れた。もう織間家とは関わらずに生きていこうと心に誓った。 (会わなければ、済むと思った。だけど……)  楓の決意は数年後、たった一本の電話によってものの見事に覆る。 『本当は、血の繋がったお前に継がせたい。あんな女の子供になんか、継がせたくはないんだよ』  何年かぶりに話した父は、以前にも増して自己中心的な人間になっていた。 『まあ、表面上は歩樹に継がせなければならないが、実権はお前に握って貰いたい』  楓が断る可能性など無いと思っていたのだろう。ペラペラと理想を話す父親に強い吐き気を催した。  傍目から見ても実際にも、完璧といえる後継者がいるのにも関わらず、今度は血の繋がりが無いと駄目なのだと言い始める。 (最低だ)  こんな男の手の内に、何も知らない歩樹や佑樹がいることに……楓の胸はツキリと痛んだ。  勿論、暴露するつもりはないし、死ぬまで彼らに知られなければ何も問題は無いだろう。 (だけど)  戻るつもりは無かったけれど、離れてからずっと楓は、調査会社に頼んで歩樹の動向を調べさせていた。  明確な理由については楓自身も分からなかったが、そうせずにはいられなかった。

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