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そこで、今まで他人と暮らすなんてしたことのなかった彼が、男と暮らしていると知り、楓の気持ちはいつの間にか、戻りたく無かった場所へ帰る方向に決まっていた。
(多分、あの時からもう……)
抑えていた感情が止められなくなっていたのだ。
「かえ……で?」
動きを止め、思考に深く耽っていた楓だが、歩樹の声で我へと返り、視界が僅かに歪んでいるのに気づいて酷く動揺した。
「離してくれないか。ちゃんと、話がしたい」
「それは……」
「俺も、向き合いたいから……だから」
掌中にある歩樹のペニスはすっかり硬度を失っており、その声音からも彼の本気がひしひしと伝わってくる。
今まで何度もそう言われては無視をしてきた楓だが、自分の気持ちに目を向けた今、彼の声が驚くほどすんなりと耳に入ってきた。
久々に流した涙のせいで、おかしくなっているのかもしれない。
「話すだけなら、このままでいいだろ。歩樹が何を言っても、俺の気持ちは変わらないけど」
彼の論法に引き込まれ、説き伏せられてしまわぬよう、最初に予防線を張れば、小さく頷く歩樹の姿に心臓の音が大きくなる。
「俺は、お前が思ってるような立派な人間なんかじゃない。正直……今だって、どうすればいか分からない」
「どうすればって……俺が離さないって言ってるんだから、どうすることもできないだろ」
できる限りの虚勢を張り、感情を出さないようにそう耳元で囁くと、擽ったいのかピクリと身体を強張らせてから首を振った。
「そうじゃない。俺は今、お前を抱き締めたいと思ってる。振り返って、涙を拭ってやりたいって。楓は知ってるんだと思ってた。だから、俺を嫌ってるんだって」
「なにを……言ってるんだ?」
憂いを帯びた歩樹の声が、想像していた答えと余りに違う言葉を紡ぎだしたから、どう受け止めればいいか分からず、自然と声が掠れてしまう。
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