106 / 119
106
***
「な……なにを」
起き上がった楓がそのまま歩樹の顔を覗き込むように、背後から覆い被さってくる。
「向かい合いたいって、歩樹が言ったんだろ」
「それは……」
確かにそう言ったけれど、今と先刻では状況が違う。頬を伝う涙を彼に見られたくなどなかったし、どう向き合えばいいのかさえも分からなくなってしまっていた。
(こんなに……脆かったなんて)
「泣くなよ」
掌で顔を隠そうとすると、手首を掴まれシーツの上へと仰向けに縫い止められる。
「見る……な」
「なんで?」
「こんな、情けない」
「情けない姿なんて、何回も晒してるだろ」
真っ直ぐ自分を見下ろしてくる楓の瞳を直視出来ずに、顔を背けて瞼を閉じると耳に唇が触れてきた。
「んっ……」
耳朶をペロリと舌で舐め上げ甘噛みしながら小さな声で、「こっちを向けよ」と告げてくるけれど、歩樹は小さく首を振る。
「ずっと、自分の気持ちを認めるのが怖かった。弟としか見てくれてないって思ってた。なあ、兄さんの本当の気持ち、教えてよ。どうして泣いてるの? さっきの言葉は本当なの?」
「言える訳……ないだろ」
それが狡い答えなのは、歩樹にも良く分かっていた。これではそうだと認めているのと結局のところ同じことだ。
「分かった。なら聞かない」
こちらの気持ちを察したように囁く楓の低い声に、また涙が出そうになるが唇を噛んで我慢した。
「でも俺、勘違いするって決めたから。兄さんも、俺のこと好きだって」
「かえ……」
頬にポタリと雫が落ち、思わず向けた視線の先に見えた楓の表情に……歩樹はコクリと息を飲む。
そこに居るのは紛れもなく、逞しい体躯をした大人なのに、静かに涙を流す姿が、まだ幼い頃の楓と重なった。
(不安……なのか?)
分かっていると言いながら、離さないと豪語しながらも、楓はきっと心の中で強い不安と対峙している。そしてそれは、今までの彼の行為に全て表れていた。
「楓」
名を呼んでから腕を伸ばし、背中にそっと指を這わせると楓の身体が小さく震えた。そのまま腕へと力を込め、胸の中へと彼を抱き込む。
ともだちにシェアしよう!