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「俺、お前が家に来た時、本当に嬉しかった。いい兄になりたいって思ったし、ずっと、笑いあえる仲でいたいって……」  思い起こせば幼少の頃、ずっと神様に祈っていた。広い家の中、一人でいるのは淋しいと、だから家族を下さい……と。  祖母が面倒を見てくれていたし使用人もいたけれど、どこか空気が冷めていることを肌で感じ取っていた。慣れたと思い込んでみても、小学生の歩樹が本当に平気いられる訳もなく――。  だから、弟ができた時……本当に嬉しかったのだ。 「だから……言えない」 『伝えたい』と叫ぶ自分が確かに心の中にいて、だからこうして抱き締めているし、直接的ではなかったけれど、分かるような言い方をした。だけど、それを言葉にしてしまうには、兄弟として過ごした時間が濃密で……長すぎる。 (怖いんだ)  もしも気持ちが離れた時、兄弟という繋がりまでもが消え去ってしまいそうで。  そんな風に思うこと自体、間違えていると分かっているが、血の繋がりが無い事を知った今だからこそ尚更に。 「でも、それでもいいなら……俺は、お前と、一緒に居たい」  光沢のある黒い髪を撫で、歩樹が声を絞り出せば、「それでいい」と小さな声が胸元から聞こえてきた。 「いつか、言わせるから……だから、今は……」 「ごめん」  狡いのは良く分かっているから、謝罪の言葉を歩樹は紡ぐ。 「謝るなよ。分かってるから、だから……」 「あ……うぅっ」  何をどこまで分かっているのかは分からない。けれど、チュウッと乳首に吸いつかれれば、痺れたように腰が疼いた。 (どうして……お前は)  自分の気持ちを認めた途端、潔くなれる楓のことを羨ましいと素直に思う。そして、一時の衝動に身を任せられない自分は酷く臆病なのだと改めて知った。

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