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第8話

メッセージを確認すると、スマホをポケットにしまった。徒歩で行けるほど近い距離の為、履き古したジーンズに白いワッフルロンTでいい。それに黒いジャケットを羽織り、ハンドバッグから財布を取り出して尻ポケットに突っ込めば玄関へと向かう。愛用しているラフな革靴に足を突っ込み爪先を地面にとんとんと軽く叩き付ければ、シューズボックスの上のキーケースを取り鍵を開けて外へと出た。 外にはまだ足立の姿は無かったが、程なくして慌てた様に出て来る。 「お、お待たせっ」 「オレも今出たばっかだ」 その言葉に足立はほっと胸を撫で下ろす。春らしい服装でよく似合っている。薄桃な春色のシャツにクリーム色のカーディガン、ズボンは黒のスキニーだ。何も言わずに見ていると、不安げに足立が口を開いた。 「そんなに変かな。この服装」 人の目に触れない為自信が無いのか、それともあまりに観察していたからだろうか。その言葉を吐き出させた事には少々申し訳ない気持ちに駆られる。次いで鷹野は素直な言葉を口にする事にした。 「いや、よく似合ってる。春らしい服装」 少しだけ足立から不安な色は薄れたようだった。率直な言葉が嬉しいのかへらりと笑ってみせる顔に鷹野は目を細める。そして、自分の部屋の鍵を閉めた。 鷹野と足立の部屋があるここは9階である。ドアから直ぐにあるエレベーターへと歩を進ませて降りるボタンを押せば、後ろからパタパタと足音をさせて足立も着いてきた。箱が間も無くして到着すれば中へと入り、足立が乗り込むのを待つ。乗り込んでくればドアを閉めて1階のボタンを押せば箱がゆっくりと降りていき一番下の階へと到着してそれを知らせる音と共にドアが開いた。 「ん、先に降りていいぜ」 「あ、うんっ。ありがと」 鷹野の言葉を聞いた足立が慌ててエレベーターから降りると、後に続いて鷹野も降りる。エントランスに向かい歩きながら足立は少しだけ楽しそうな雰囲気を滲ませていた。鼻先から奏でられる歌は少し不協和音ではあるが、先程感じ取った感情を物語っている。まるで夜出歩く事が少ない子供のようだ。昔は自分もそんな時期があったと少しだけ物思いにふける。 コンビニは徒歩5分程の距離に一つある事を確認していた。エントランスを出ればそこへ向かい、足立の歩調に合わせて進んでいく。するとふと、足立が歩を進ませながら鷹野を見上げて口を開いた。 「鷹野さんってさ、見た目は怖そうだなって思ったけど優しいよね」 向けられる言葉には疑問符を浮かべざるを得なかった。顔が怖そうだと散々言われてきたが、優しいという言葉はあまりかけられた事がない。それに、ただ歩いていただけで何故そのような思考に至ったのかさえも鷹野には分からなかった。その様子を見て足立は小さく笑いを漏らす。 「ふは、分からないって顔してる。だって、俺に合わせてくれてるんでしょ?歩くの。それに、本当にメッセージ送ったらちゃんと応えてくれた」 「自分の口から吐いた物は責任を取る。当たり前の事だろ」 「それさえ出来ないって人が殆どなんだよ」 そう言った足立の顔が少しだけ寂しげに見えるのは気の所為だろうか。そうではないような気がした鷹野は、足立の頭を粗雑に撫でて言葉を送った。 「少なくともオレは守る」 「…うん、ありがと」 すると、足立は先程の表情は無かったかのようにへらりと笑う。その様子に自然と鷹野も穏やかに目を細めていた。

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