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三十七
ユーリ
ユメは可愛い生き物だった。
ちょこちょこと動き回るその生き物は最初は偏見や差別、言語の壁によって行きづらそうにしていた。それに手を伸ばしたら歯に噛んだ笑顔で笑ってきた。
クラスメイトにも徐々に慣れてきたユメはクラスの中でペットのような愛玩動物として愛されるようになった。
ユメはたまにメールを見つめることがある。
それは何?
と聞くと双子の兄からだと笑う。
ただ、僕は知っている。
双子の兄から送られてきた写真を熱心に見つめていることを。
だからユメに聞いた。
ユメは好きな子がいるでしょう。
ユメは苦笑いをして頷いた。
多くは語らなかった。
2年の時が経って、ユメがいきなり帰省すると言い出した。
僕はいい機会だと思った。
だって、ユメの好きな人に会えるでしょ?
だからこっそりついて行ったんだ。
で、目の前にはそのユメの好きな男がいる。
メイド喫茶で「萌え萌えきゅん」と唱える女の子が立ち去ってから、窶れた顔をする男を改めて見つめた。
ユメと違って背が高い。
まぁ、僕の方が高いけどね。
だから可愛くない。
可愛くないし、生意気だ。
「ユメのことどう思ってるの?」
「突然だね。」
「ユメから一回聞いたことがあるんだ。みんなヒカリを好きになるから日本を離れたんだって。みんなってことはイチもでしょ?でも、それだとなんで僕とユメが一緒にいることを邪魔したの?」
「光は確かに好きだったよ。明るくて何でもできて、優しくて、放って置けないところも。」
「今はユメが好きだろ?でも、なんで?ヒカリに彼氏が出来たから?ユメが遠くに行ったから?」
「違うよ。そもそも光と笹舟が付き合う前から夢のことが好きだったからね。…俺が夢を好きになったのは、いつからだったんだろうね。」
「分からないの?ユメとヒカリどっちも好き?」
「ヒカリのことは好きでいるよ。友人としての想いは確かだ。ヒカリのことは諦められた。でも、俺はユメを諦められるか分からない。」
「そんなの傲慢だ。ユメもヒカリも可哀想だ。」
「俺は最低だよ。ヒカリの身代わりとしてユメを抱いていたんだから。」
がしゃんと食器が破れた。
破ったのは僕だ。
「お客様大丈夫ですか?」
「ああ、ごめん。ちょっと話が盛り上がって…。」
ユメはなんでこの男が好きなんだろう。ユメが幸せになるならと思っていたけど、この男じゃユメを幸せにはできない。
「後悔してる?」
「してるよ。例え誘われた身であっても乗るべきではなかった。夢に対しても、光に対しても最低なことをしたんだ。それでも、俺は夢を自分で幸せにしたくなった。光の陰に埋れて、悲しい辛いって言っても誰にも気付いて貰えない夢に、俺は助けたいって思ったんだ。」
「そんなの純粋な愛じゃない。ただの同情だ。」
「そうだよ。最初はそうだった。それでも、それでも、俺は夢に笑って欲しかったんだ。
この気持ちがユーリのいう純粋な愛ではなくても、俺にとっては確かにある気持ちなんだ。
夢に笑って欲しい。
泣いて欲しくない。
出来れば、俺が笑わせてあげたい。
泣いている時は俺が慰めてあげたい。
それを思えば思うほど、俺の中でどんどん欲望が溢れてくる。夢を傷つけた俺が夢を幸せにしたいだなんて、そんなの思っちゃいけない。
なのに、夢に男の影が見えると途端に嫉妬に狂いたくなる。
間違ってる。
でも、俺は、この想いを失くしたくないんだ。」
よく分からない。
双子の兄に惚れて、でも弟の方に途中でシフトチェンジ。
側から見れば最低なのに、なんで目の前の男からは純情な絶対的な最大級の愛が見えるんだろう。
「おかしいよ。」
「分かってる。」
「でも、ユメはそんな可笑しな君のことが好きなんだね。」
「えっ?」
「何でもないよ。それより、僕は手強いから。次行くよ。次は4時に予約してたアニメカフェね。」
イチという男はよく分からない。
でも、可愛くて愛しいユメのことを本気で思っているんだ。
僕はユメが好きだから、本気で愛しにかかるけど、ユメとイチの蟠りがなくなるなら、少しくらい引いてもいいと思ってる。
だから、ユメ。
頑張って。
ユーリ
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