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第2話(※) 〜side.千早〜

どれくらい時間がたっただろう…。 そう思いながら腕時計を見るけど、10分もたってない。 寝る前にスマホいじってる時はすぐに30分たってしまうのに。 スーツが汚れるから膝の上に座るように言われたけど、冗談か本気なのかわからないから丁重に断って、距離を置いて座った。 夜も遅いし、空調も止まってしまって、だんだん寒くなってくる。 手がかじかんで感覚がなくなってきたのがわかる。 寛希(ひろき)が着ている上着かベストを貸してくれるって言ったけど、それも断った。 寛希のにおいがする上着なんて羽織ったら平常心でいられない。 それに、そのベストは俺が恋人時代にプレゼントした物だったから、寛希に着ていて欲しかった。 まだ俺の事、好きでいてくれるんだ…。 嬉しい気持ちが溢れてきたけど、そんな想いは胸の奥にしまい込んで蓋をして、厳重に鍵をかけた。 恋人がいるのに、別れた恋人からのプレゼントを着てるなんて何を考えてるんだろう。 無神経にも程がある…と、必死に寛希を嫌いになる理由を探した。 「飲みかけの水だけど飲むか」 空気が乾燥していて喉に違和感を感じ始めた頃、見計ったように差し出されたミネラルウォーターのペットボトル。 俺が喉を傷めやすいって覚えていてくれたんだ…。 昔と同じ、寛希のお気に入りの銘柄。 「ううん、大丈夫」 会社出る前にコーヒー飲んだし…と断ると、寛希が淋しそうな顔をした。 「そうやって…何でも断るんだな」 「そんなつもりじゃ…」 否定しようと思うと、寛希はペットボトルの水をグイッと飲んだ。 水を口に含んだままの寛希に顎をつかまれて口づけられた。 口移しで水を注がれる。 驚いた俺は反射的にその水を飲み込んでしまった。 「千早(ちはや)…!」 抱きしめられると同時にそのまま寛希の熱い舌が入ってきて、俺の舌を絡めとった。 寛希のザラザラした舌が、俺の性感帯をピンポイントで舐めてくるから、腰が抜けそうになってしまう。 だめ、ここで流されちゃだめ…!! 俺の3年間の頑張りが無駄になってしまう。 「や、離して…!」 寛希を力いっぱい突き飛ばしてグイッと唇を拭った。 「どうしてこんな事するの…!」 俺は涙を堪えながら精いっぱい寛希を睨んだ。 本当は嬉しくてたまらなかったのに。 「悪かった。でも…こうでもしないと、水も飲まないし、俺の話も聞かないだろ」 「別に寛希と話す事なんてないよ」 目をそらしてわざと冷たくあしらった。 そうでもしないと泣いてしまいそうだったから。 「お前にはなくても俺にはあるんだよ。あの時、確かに2人で飯食いには行った。それだけだ。でも、俺は千早を傷つけた…。ずっとそれを謝りたかった」 寛希が言っているのは、別れ話のキッカケになったあの日の事。 「別にもういいよ…。終わった事だし」 「終わってないぞ!お前の中では終わった事かも知れないけど、俺の中ではまだ終わってない」 寛希は大きな手で俺の手を握った。 さっきとは違う、優しい触れ方。 俺は胸の高鳴りを覚えた。 「俺は…今でも千早が好きだ」 俺の大好きな真剣で優しい眼差し。 ストレートに感情を伝えてくれるところも昔のまま…。 寛希のバカ…。 別れて3年もたってるのに。 寛希を幸せにしてあげられないのに、どうしていつまでも俺の事なんか…! 「そうなんだ…。でも俺は…もう好きじゃないよ。寛希の事なんてもう何とも思ってない」 そんなの嘘。 俺だって寛希が好き。 寛希を想うだけで胸が締めつけられて、涙がこぼれてしまうくらい寛希が大好き。 寛希を忘れたくて何度か恋をしたけど、寛希以上に愛せる人にも、寛希以上に俺を愛してくれる人にも巡り逢えなくて、長くは続かなかった。 「どうしてそんな嘘つくんだよ?お前に別れ話された時もそうだけど、お前嘘つく時、絶対俺の顔見ないからバレバレなんだよ!」 俺が唇を噛んでうつむいていると寛希が俺の肩をつかんだ。 「こっち見ろよ。千早もまだ俺の事好きなんだろ?」 「自惚れないでよ。浮気する寛希なんて大っ嫌いだし、そんな寛希の言う事なんて信じられない。3年前もそう言ったでしょ。それに…別れた恋人に無理やりキスするなんてどうかしてる」 もう嫌だ。 これ以上、大好きな寛希を傷つける事なんて言いたくない。 お願いだから、もうそっとしておいて…。 「なんで理屈ばっか並べて俺を嫌おうとするんだよ、何かあったんだろ?ちゃんと説明しろよ。エレベーター動いてもお前が話すまで帰さないからな!」 「…っ、寛希も俺も男だからだよ。言わなくてもわかるだろ!」 追い詰められた俺はつい大きな声を出してしまった。 もう逃げられないと思った。 本心を伝える気なんてなかった。 もし伝えたら、寛希は『そんな事関係ない』って言って、俺を選んでしまいそうだから。 「俺たちが男同士だってそんなの付き合う前からわかってた事だ。覚悟もしてるし、俺なりに準備もしてきた。何があっても俺は千早と一緒に生きるって決めてる。いつまで俺から逃げるんだよ。いい加減腹くくれよ!」 ほら、やっぱり…。 寛希は誠実な人だから。 一途に俺を想ってくれるから…。 「できないよ!そんな事できる訳ない…。実家のお店継いで皆を幸せにするんでしょ?俺といたら先なんてない。寛希も寛希の家族も幸せになんてなれない…」 堪え切れなかった涙が頰を伝った。 もうどうしていいかわからなかった。 「やっぱり引っかかってたのそこかよ…」 寛希はホッとした表情で涙を拭ってくれた。 「え…?」 「…気づいてた。お前が小さな子供を連れた家族連れを見る時…淋しそうな羨ましそうな顔してたのも、その直後は俺の顔を見なかったのも」 気づかれてたんだ…。 寛希にバレないよう、必死に隠してたつ もりだったのに…。 「実家の店なら姉貴が婿養子をとって後を継いだ。ちゃんと家族会議をして決めた事だ。だから心配しなくていい」 俺は寛希の言葉が信じられなかった。 「でも…お店継ぐの夢だったんでしょ?」 あんなにキラキラした瞳で夢を語ってくれたのに。 そのためにたくさん勉強していたのもすぐ側で見ていたのに。 「その当時はな。でも、俺は千早に振られて、本当の夢に気づいたんだ」 「本当の…夢?」 俺と別れた事が寛希の人生に影響してしまった事に驚いた。 寛希は俺を忘れて、このまま幸せ街道まっしぐらだと思っていたから。 「あぁ。千早を幸せにするって夢だ。店を継ぐのは俺じゃなくてもいい。でも、千早を幸せにできるのは俺だけだ」 ドラマか映画のワンシーンかと思うような寛希の言葉。 真剣な眼差しに胸がキュンとなった。 「…寛希のバカ!皆の幸せと俺1人の幸せを天秤にかけるなんて…」 「バカでいい。世界中の人全員を幸せにできても、千早が泣いてたら何の意味もねぇんだよ」 寛希は俺の頰に手を添えると、優しいキスをしてくれた。 「千早が好きだ。今でもずっと愛してるし、1秒だって忘れた事ないぞ」 繰り返される温かくて甘い口づけ。 涙があふれてきて、俺も夢中で寛希にキスをした。 3年と少しぶりのキス。 お互いを貪るような口づけを交わした。 きっと俺の寛希を想う気持ちは伝わったはず。 でも、ちゃんと言葉にして伝えたかった。 「寛希が好き…」 そう伝えたら、寛希が太陽みたいな笑顔になった。 歳より幼く見える子供みたいな無邪気な笑顔。 俺の大好きな眩しい笑顔。 「ごめんね、寛希が嫌いなんて嘘。俺も寛希が好き…大好き…!」 抑え込んでいた想いを一度言葉にしたら、もうセーブが利かなくて、ワーワー泣きながら『ごめんね』と『大好き』を繰り返した。 「俺の事を考えて身を引こうとしてくれたんだよな…。ありがとな」 寛希は酷い事をした俺を許してくれた。 何年も寛希を苦しめたのに。 俺を抱きしめながら、もういいから…って、何度も後頭部を撫でてくれた。 「本当に…俺が側にいていいの…?」 そうは言っても俺にそんな資格があるとは思えなかった。 「あぁ、俺は千早に側にいて欲しい」 俺を愛おしそうに見つめた寛希は、またキスをしてくれた。 「ぁ…寛希…///」 キスを繰り返していくうちに寛希の唇が首筋に触れた。 久しぶりに体で感じる寛希の唇。 首筋はだめ…。 いつもセックスの始まりの合図は、首筋へのキスだったから。 それをされると、俺の体が熱くなってエッチな気分になってしまうから。 それを知ってて、そんな事をする寛希をずるいと思った。 こんなところでこんな事したらだめってわかってる。 もしかしたら防犯カメラにうつってるかも知れない。 急にドアが開いて会社の人に見られてしまうかも…。 でも、一度火がついた体は思考能力まで奪ってしまう。 だめって言えない。 もっとして欲しいって思ってしまう。 すっかり欲情した寛希の瞳。 求められるのが嬉しくて、体の奥が甘く疼いた。 シャツの裾から入ってくる温かな手を拒めない。 だって寛希に触れて欲しい。 胸の先を愛して欲しい…。 「……っ、寛希…///」 足の力が抜けて立っていられない。 「千早…可愛い」 寛希が俺を抱えて壁際へ移動した。 背中で感じる冷んやりした壁の固さ。 「もう、逃がさないし、離さないからな」 また寛希の唇が近づいてくる。 ドキドキしながら瞳を閉じると、急にスピーカーから、ザーザーと耳障りな音が聞こえてきた。 もしかしたら、外の誰かと繋がったのかも…!? 驚いた俺たちは慌てて距離を置いた。 「…聞こえますか?大丈夫ですか?」 スピーカーから管理会社の担当者らしき人の声がした…。

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