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第5話

「んんっ」  ユウリの意識は、眠りの世界からゆっくりと浮上した。  誰かが、ユウリの頭を撫でている。  まるで宝物を扱うかのような慎重な手つき。  額の生え際から耳まで、何度も何度も往復する。  指先から愛情が滲み出ているような気がして、心が安らぐ。  気持ちが良い。  もっと撫でて欲しくて、つい、体を擦り寄せてしまう。  ユウリは夢うつつのまま、その優しい感触にうっとりと微笑んだ。  ハッと息をのむ気配がして、手は離れていった。  ひどく残念な気持ちで目覚めると、そこには誰の姿もなかった。 「夢か……」  どれくらいの時間、気を失っていたのだろう?  現実感がなく頭の中がフワフワしている。  ユウリは、頭を軽く揺すり、横たわっていたベッドから身を起こした。  発情期の体は常に気怠く、動作は緩慢になる。  数え切れないほどの発情期を経験しても、この不快さには慣れない。  ふと、手首に違和感を覚えた。  目をやると、革製の枷がはめられ、壁に埋め込まれた輪に鎖で繋がれている。  体はというと、そちらも衣服はすべて取り除かれ、全裸だった。 「くそ、とうとう、Ω狩りに捕まったのか……」  何たる不覚。顔面が蒼白になる。  孕まされ、やり殺されるか、どこかの金持ちに売られるか。  いずれにせよ、想像を絶する悲惨な末路が待ち受けている。  逃亡の手がかりを得ようと、改めて、部屋を観察する。  20畳ほどのだだっ広い部屋に天蓋付きのキングサイズのベッドが1つ。  部屋の隅には、ガラス張りのトイレとシャワールーム、そして壁にはクローゼットが設置されている。  ガチャリ   何の前触れもなくドアが開いた。  緊張に体を強張らせて警戒する。  入ってきたのはコータだった。  胸を撫で下ろしている自分に戸惑う。  車に轢かれそうになってまでコータから逃げだしたのに、矛盾している。 「起きていたんだ? 具合はどう?」  昔の記憶を反芻していたせいか、現在の姿とのギャップに面喰う。  中学生のように小さくて華奢な体は、程よく鍛えられた筋肉に覆われ、ユウリを遥かに超す長身へと成長している。  ぷっくりとした頬は、シュッと引き締まり、力強い精悍な顔立ちへと変化し、フワフワの撒き毛は、短く切りそろえられている。  ユウリが大事に庇護し守ってきた白皙の美少年は、洗練された誰もが振り返る大人の男へと変貌を遂げていた。  そして、その体からは、クラクラとするような、成熟した雄の匂いが強烈に漂っている。  ユウリの体は、コータの匂いに反応していた。  血液が沸騰しそうなほど熱く、ドクドクと波立ち、体の中をすごい勢いで渦巻いている。  こんなことは、初めてだった。  このまま、濁流に呑み込まれて、どうにかなってしまいたい気持ちになる。  これが、αを求める淫乱なΩの本能というものだろうか?  額に汗が滲み出る。  そんなものは、いらない。自分は、屈しない。 「良いわけないだろ? なんだよ、これ? 帰るっ! 俺の服を返せよっ!」  引きずり込まれそうになる理性を全力で繋ぎ止め、ユウリは怒鳴った。  衝動に流される訳にはいかない。  そんなことになれば、αの精を求めて情欲を貪るだけの動物に成り下がってしまう。  コータは、一瞬、傷ついた顔を見せたが、すぐに片方の唇の端をあげて意地悪そうに微笑んだ。 「はあ? 本気で言ってるの? αが発情したΩをそのまま帰すはずないでしょ?」 「な、何をするつもりだよっ!」 「何って……孕ませるに決まってる。僕の子を孕むまで、何度も何度も注ぎ込んでやる」  Ω狩りの男に、数え切れないほど言われてきたお約束の台詞。  まさか、コータの口からそんな言葉が放たれるとは思わなかった。  ユウリは、ギリギリと唇を噛みしめた。  血の味が、口腔に広がる。  悔しくて、悔しくて、頭がどうにかなりそうだ。  コータですら、ユウリをΩとしてしか見ない。  大切な思い出だった二人の日々は、永遠に失われてしまったのだ。 「ほら? 足を開きなよ? 大人しくやらせれば、痛くはしない。それとも、痛い方が好み?」  誰も、ユウリをみない。  必要なのはΩ。出産可能なΩという性を持つものだけ。  ユウリという人格を誰も必要としていない。  とすれば、自分の生きている意味はなんだろう?  コータは、股の間に腰を進め、強引に割り開いた。  ユウリは、もう抵抗をしなかった。  ユウリという人格は必要ない。  人形で十分だ。  心を手放し、されるがまま受け入れる。  自分はこれから、Ωという性奴隷、セックスドールになる。 「すごい、愛液が溢れ出てる……淫乱な孔だ。くそっ、今まで、何人の雄をここに咥え込んだ?」   コータが酷い言葉を投げつけるが、心を捨てた人形は傷つかない。 「僕が最後の雄になってやるっ」  そんなユウリの様子に気付かず、ズボンからペニスを取出し、性器へと形を変えた排泄孔にあてがった。  荒々しい語気とは裏腹に、時間をかけて少しずつ慎重に中に入ってくる。  眉根を寄せて、苦しそうな顔をしている。 「んっんっ」  初めて剛直を受け入れるというのに、痛みはなかった。  未通の場所を開かれる苦しさはあるが、愛液に潤んだ粘膜は悦びながら奥へ奥へと蠕動する。 「あぁ、ユウリの中だ。やっと手に入れた」  コータが叫びながら、ゆっくりと腰を動かし始めた。  やがて、律動が激しくなる。 「あっ、ああーっ、そこ、いい。気持ちがいい」 「ユウリ、ユウリ、ユウリっ!」  ユウリも、喘声をあげていた。  動物のようにただ純粋に快楽に身を任せる。  知らず知らずのうちに、より深く咥え込みたいと、腰が蠢いていた。  奥へ。もっと奥へ。  発情期を迎えるたびに発生していたマグマのような疼きが、全身を駆け巡り、悦楽となって弾ける。  切実に求めていた。  ユウリの全身全霊が、細胞の一つ一つが、殺したはずの心が、欲していた。  Ωとしての自分しか見ていない、この男を。    涙が一滴、零れ落ちる。  Ωに覚醒しなかったら……αだったら……、ユウリ個人を見てくれたのだろうか?  昔と変わらず、隣りで笑っていられたのだろうか? 「ああーーっ」  コータがぎゅっと抱きしめてくる。 「ユウリ泣かないで。僕を受け入れて……」  ユウリが弾けると同時に、コータも中で弾けた。  想像を絶するような絶頂とともに、大量の精が吐き出された。  しかし、コータは衰える気配は見せない。そのまま、律動を再開する。 「ああ、むり、ああ」 「ムリじゃない。ユウリがまだまだ足りない」  4日後の発情期が終わるまで、交わりは続けられた。

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