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第6話

 発情期が終わって、2週間が過ぎた。  睦み合いの最中に解かれた手枷は、再びはめられることはなかった。  部屋に閉じ込められているのはそのままだが、部屋着が与えられ、日に2度、食事が差入れられるようになった。  コータは、あれから一度も顔を見せていない。  孕むまで蹂躙されるのを覚悟していた。しかし、発情期が終わった途端、パタリと部屋への訪れはなくなった。  拍子抜けしたような、残念なような気持ちに困惑する。 「今日の食事だよ」  メイという名の儚げ美人という言葉がピッタリの青年。  色白のほっそりとした華奢な身体に、背中まで下された茶色の髪。  ユウリのお世話は、全て彼がやってくれている。  彼の姿が目に入るたびに、チクリと胸が痛む。 「メイさん。ありがとうございます」  ユウリは、駆け寄ってトレイを受け取った。  重いものを持たせるのが、申し訳ない気持ちになる。  メイはニッコリと微笑むと、自らの下腹部を撫でた。 「昨日ね、赤ちゃんがお腹を蹴ったの」  メイは妊娠していた。  彼は、Ωだった。 「順調に成長しているから、予定通り産まれそう。出産が終わったら、コータの夜の相手に復帰出来るし、君を解放してあげられると思うよ?」  やはりと思う。  彼の姿を見た時から、ずっと、コータとの関係が気になっていた。だけど、怖くて聞けなかった。  お腹の子の父親はコータで、メイはコータの恋人。  ユウリは、妊娠中の性欲処理用のただのΩ。  ……そんな真実は知りたくなかった。 「それで、あなたは平気なの? 恋人が自分以外のΩと関係を持っていて許せるの?」  Ωの中には淫乱な性に呑み込まれ、倫理観がないものがいる。  理性を捨て、雄の精を貪るだけの雌。そんなものに自分はなりたくない。  メイは、小首をかしげた。愛らしい仕草が、潤んだ瞳の彼に似合っている。 「別に平気だよ? 愛のないセックスはスポーツと一緒だから。コータが愛しているのは僕だけ。だけどさ、予想外に早かったね? 君への興味を失うのが……組み伏せるのが目的だったからかな?」  あの夜、心を捨て、人形になると決めた。  何も感じないはずなのに、メイの言葉が胸を抉る。  コータがあれから、一度も顔を見せない理由。  αと勘違いしていたΩの体をマウンティングしただけ。  真のαは自分だと、ユウリに知らしめただけ。 「赤ちゃんが生まれたら、番になろうって相談しているんだ。ここで、コータと僕と赤ちゃんの三人で暮らすの」  メイは幸せそうに微笑んだ。  その笑顔に、抉られた胸がズクズクと痛み、ダラダラと血が噴き出る。  番になると相手以外には欲情しなくなる。  だから、番になるということは、永遠の愛を誓う行為。    ユウリがコータにしたプロポーズは、Ωに覚醒した時点で反故になった。  コータの番は、メイ。  性奴隷のΩとしても、ユウリは必要とされない。    どうして……  愛おしそうにユウリの名を呼んだ。  ユウリの体のすみずみまで、優しく触れた。  孕ませると言って、何度も精を注ぎ込んだ。  それらは、全てまやかしだった。  胃にねじれるような痛みを感じる。  立っていられなくて、ユウリはフラフラとベッドに腰を掛けた。    「おやおや? 新しいΩさん? 美人さんだね。 うん、極上のΩの匂いがする。 コータも次から次とお盛んだ」  突然、男が部屋に入ってきた。  2mはありそうな大男。  顔の半分が髭に覆われたイカツイ姿だが、優しい目をしている。  ひょうひょうとしていて押しつけがましい態度ではないのに、人を惹きつけるカリスマ性。  できる雄のオーラが漂い、社会を引っ張っていくリーダーであることがわかる。  もちろん彼からは、αの匂い。 「勝手に入って来るなって言っているだろっ? 何の用だよ!」  メイがぞんざいな口調で怒鳴った。いつものことなのか、男は気にすることなく笑って受け流す。  儚げなメイの見たことがない粗暴な姿に、ユウリは驚いた。  ひょっとしたら、こちらの方が素の彼に近いのかもしれない。  男が自己紹介を始めた。 「俺は、ヨイチ。コータとは仕事仲間だ。今日は、打合せでここに来たんだけど、コータが急に海の向こうへ出張になったんだ。帰ろうとしたところに、君たちの話し声が聞こえてきたってわけ」  ヨイチと名乗った男は、片目を閉じてウインクした。 「番の家に二人もΩはいらないよな? 困ったな? 俺の家にくる? こう見えても俺は紳士だし、相手に困っていないんだ。君の意思を尊重せずに、襲うようなことはしない。純粋な人助けとして提案するぜ」 「ちょっと、何を言ってるんだよっ! 勝手なことを言わないでよねっ!!」 「そうか? メイだって、その方が助かるんだろ?」  ヨイチは、意味ありげな視線をメイに送った。きっと、その言葉の通りなのだろう。  メイは、「うっ」と言葉に詰まった。  ユウリは、不思議とヨイチに警戒心は抱かなかった。  αだけど、この人はどこか違う。  会ったばかりなのに、信頼できる人物だという事がわかる。 「どうして、俺を?」  ヨイチはニタリとガキ大将のような微笑みを浮かべた。 「君に興味があるから。性的な興味じゃないよ? Ωとしてじゃなく君自身のことを知りたいと思ったから」  Ωとしてではなく、ユウリ個人に興味を持つ人がいる。  覚醒して以来、初めてのことだった。      ユウリは、ヨイチに促されるままコータの家を出た。  二人を見送るメイの表情が曇っていたことにも気付かず、コータとの変わりゆく関係について考えていた。  コータに会いたかった。  自分のことをどう思っているのか、ちゃんとコータの言葉で聞きたかった。  もう、昔のように、隣で笑って過ごすことは不可能なのだろうか。  その晩は、中秋の名月だというのに、空はどんより厚い雲に覆われたまま、ついぞ月は姿を現すことはなかった。

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