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第9話

 コータはヤクマのパーティから抜け出すと、泥のように朝まで眠った。    ヤクマに寄り添うユウリ。  その首につけられた番の証。  ドロドロとした感情が自分でもよくわからないものに育ち、精神を蝕む。  まるで、ブラックボックス。  正体不明の暗くて重い存在。  この箱は、一体、どこまで大きくなるのだろうか。  際限なく育つ、巨大なそれに押しつぶされそうになる。    苦しい。苦しい。苦しい。    一層のこと、このまま押しつぶされて消えて無くなりたい。  現実逃避でもいい。  コータは、何も考えたくなかった。    朝になって、ヨイチとメイがやってきた。  状況は、一晩寝ても変わらない。 「コータ? ユウリのことは残念だけど、諦めるしかない」  ヨイチが言いにくそうに目を伏せた。  カチコチと時計の音が鳴り響く。 「ユウリは無理矢理、番にさせられた。ヤクマから奪い返す。それをユウリも望んでいるはず」  ずっと、ユウリのことが好きだった。  番になると決めていた。覚醒前からずっと。  αに覚醒したとき、コータが一番に考えたのはユウリのことだった。  ユウリとは番えないという事実に絶望した。  切実に望んだ。Ωであればよいと。  どうか、ユウリをΩにして下さいと、どこにいるかわからない神に祈った。  絶対にあり得ないはずの願いだったそれは、あっけなく叶った。  ユウリが覚醒したのはΩだった。  ユウリの覚醒は、自分が望んだからかもしれない。  コータの喜びとは逆にユウリは苦しんだ。  自身がΩである事実、そしてαであるコータを受け入れることが出来ないようだった。  時間がかかっても、必ず受け入れてくれる。コータは確信していた。  ユウリには時間が必要だった。  だから、姿を消そうとするユウリをあえて追わなかった。   「奪い返して、どうするんだ? 番を引き離すことは誰にもできない。ヤクマだけじゃなく、ユウリにも苦しみを与えることになるんだぞ!」  ヨイチの言うことは正しい。  番になると相手をただ一途に欲し、求めるようになる。  それは、それは切迫したもの。  心が、体が、魂が相手のそれを、磁石が引き合うように強い力で手繰り寄せて離さない。  もし、無理矢理に引き離されようものなら、満たされない渇望に心の平穏は崩れ、精神が破壊されてしまう。  実際に何人も見てきた。  Ω狩りに番を連れ去られ、廃人となったαを。  番になるのは、自分の弱みを作る行為になる。  番を守り切る絶対的な自信と信念、そして相手への信頼と愛情がなければ成立しない。  だから、一部のαだけしか番を持たないし持てない。 「コータ? ヨイチの言う通りだよ。ヤクマと番になったユウリは、永遠にコータのものにならない。だからこんなことになるまえに……」  メイが、目を真っ赤にして言葉を詰まらせた。  ――こんなことになるまえに……  番になれば良かった。  無理やりにでも、その首に噛みつけばよかった。  ユウリの気持ちなんて、無視して行為に及べばよかった。  レイプするように体を繋げたのだから、そのどさくさに紛れればよかった。    ちゃんとプロポーズしてから番おうなんて考えたのが間違いだった。  ユウリに受け入れてもらってからなんて甘かった。    ――そうすれば、こんな事にならなかった。  後悔ばかりが押し寄せる。  胸がズクズクと痛む。  ユウリのいない未来への覚悟をつけることも、ユウリを取り戻す具体的な方策も思いつかないまま、ただ、時だけが過ぎ去っていった。

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