11 / 17

第11話

 コータは、この1週間、何も手がつかなかった。  考えるのはユウリのことばかり。  ユウリと再会した今となっては、今まで通り、ユウリと離れて暮らすのは考えられない選択肢だった。  ユウリは自分のことを愛している。確信できる。  自分と一緒に過ごすことを望んでいる。  何があろうと、ヤクマから取り戻す。  正義の王子となって、姫を救い出すのだ。  コータは、黙々と計画を練った。  そして、待ちに待った、2回目の講義の日がやってきた。 「申し訳ありません。今日は、休講にします」  授業開始とともに、コータは頭を下げた。  ユウリにはボディーガードが張り付いているが、授業の間だけはフリーになる。  彼を連れ去るには、そのわずかな隙をつくしかない。  コータは、最前列に座るユウリの手首を掴んだ。  触れたくても触れることが出来なかった体。  ようやく、触れることが出来た。  記憶のものよりも、細い感触にドキリとする。  これからは、誰に遠慮することなく毎日触れることが出来る。  ユウリは、コータのものになるのだから。 「ユウリ、行こう」 「ちょっと、コータ!!」  ユウリが驚いて声をあげるが、構わずに手を引いて教室をでる。  構内に停めている車に乗せるつもりだ。このまま、海沿いの別荘に向かう。  別荘は、ユウリと暮らすために巧妙に身元を隠して購入した。  追手もわからないはず。 「落ち着け!」  ユウリは、掴まれている反対の手でコータの腕を掴んだ。そしてそのまま無人の空き教室に押し込んだ。 「何するんだよっ! 早く、逃げないと、捕まるでしょ!!」 「逃げるってどういうことだよ! ちゃんと説明しろよっ!」  ユウリの目尻は吊り上がり、真っ赤に顔を上気させている。  どうして、ここで怒りの表情が浮かぶのだろう。 「別荘を購入した。そこで、一緒に暮らそう」 「無理って、この前、言ったよな?」 「無理じゃない。絶対にみつからない場所に用意した。二人が一生、暮らしていけるだけのお金もある」  ユウリは、「はぁ」とこれみよがしにため息をついた。 「そうやって、二人でコソコソと隠れて暮らすのか? 一生?」 「そういうことになるね。だけど、ヤクマも若くない。別のΩに興味が移るかもしれないし、あと10年もすればユウリのことを諦めるはず」 「そんなに簡単じゃない。お前は、老いたら番はいらなくなるのか?」  今は、一刻を争う事態だ。少しでも早く、ここを出る必要がある。  追手から逃れて、安全な場所に移動したい。  こんなことで時間を取られている場合じゃない。  不毛な言い争いを終わらせたくて、なおも言葉を続けようとするユウリを抱きしめた。  そのまま、唇を重ねる。 「そうだよ。そもそも、僕には番なんて必要ない。こうやって、キスができればいい。発情期の時もちゃんと僕がユウリの相手をするから安心して。そして、僕の子を孕んで」  コータが番にと望む唯一の人は、ユウリだ。  だが、ユウリはすでにヤクマと番になってしまった。  だったら、コータには番なんて必要ない。  番という絆に頼らなくても、ユウリがそばにいるだけでいい。  ヤクマなんかに負けない。誰よりもユウリを愛している。  番と引き離されることによって生じる空隙は、コータが埋めてみせる。  発情期も、ヤクマに負けないくらい、ユウリを満足させてみせる。  そして、いつか、ユウリを孕ませる。  二人の愛の結晶が得られれば、番以上の絆を手に入れることが出来る。 「結局、それか……」 「え?」  ユウリの瞳が悲しみの色に染まった気がして、顔を見返す。 「いや、何でもない。あのさ、勘違いしているかもしれないけど、俺、自分の意思であの人と一緒にいるから」 「え?」 「お前は俺がいなくてもやっていけるけど、あの人は俺がいないとダメなんだ。本当に狂ってしまう。だから、お前とは一緒に行けない」 「どうして! 僕だって、ユウリがいないと生きていけない」 「だったら、どうして、5年も放っておいたんだよ……大丈夫、コータならやっていける」  この5年、平気だったわけじゃない。  心を殺して生きてきた。  あらゆる感情を手放して、屍になることで生きてきたのだ。  手を伸ばせば、二人の幸福な日々に届く。  なのに、どうして、ユウリは拒否をするのか。 「コソコソ隠れて暮らすのは嫌だ。それにコータに一方的に庇護されるのも耐えられない。俺はそんなに弱くて情けない存在になりたくない」 「やっぱり、僕のことを受け入れられないんだね」 「そうじゃなくて……」  かつては、ユウリに守られる存在だった。  そんなコータに逆に守られるのはプライドが許さないのかもしれない。  だとすれば、コータがαである限り、ユウリに受け入れられる日はやって来ない。 「僕がΩだったらよかったのに……どうしてαに覚醒したんだろう」  ポロリと本音がこぼれ落ちる。  ユウリがαで、コータがΩと信じていた遠い日々。  あの時が一番幸せだった。 「いないぞ、そっちを探せ」 「まだ、遠くには行っていないはず」  廊下をバタバタと走る音がする。  自分たちを探す声。 「さようならコータ。俺は、自分がΩで良かったと思っているよ。番は、αとΩとだから築くことが出来る最高に幸福な関係だと思うから」  ユウリの肩に置き忘れたままの手をそろりと降ろされる。  手が離れる瞬間、小指が絡まった。  ユウリは、その手をギュッと握りしめると、踵を返し廊下に出た。  途端に、「見つかったぞ」と叫ぶ声が聞こえる。    コータはユウリを追いかけることも出来ないまま、ただその場に立ち尽くした。

ともだちにシェアしよう!