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第12話
ユウリは、第3回目の最終講義に現れなかった。
そのあとの補講にも。
それが、ユウリの出した答えなのだろう。
コータには、ユウリの考えていることが理解できなかった。
コータを愛しているのは間違いない。
うぬぼれや勘違いではない。
ユウリの全身から、それは伝わってくる。
わからないのは、ヤクマを捨ててコータを選ぶことは出来ないという主張だ。
コータの元からユウリを連れ去って、無理矢理、番にしたのはヤクマだ。
そんなヤツに義理立てする必要はない。
ユウリさえその気になれば、ヤクマの手から逃れてコータの元に来るのは簡単だ。
実際、あともう少しで成功していた。
どうして……。
コータは部屋に戻るとソファーにカバンを投げつけた。
頭をぐしゃぐしゃと掻き毟り、爆発しそうな感情を必死になだめる。
カバンはひっくり返り、中身が辺りに飛び散った。
その中の綺麗に包装された小箱に目がとまる。
ユウリに渡そうと用意していた指輪だった。
コータはそれを取り上げ、力任せにゴミ箱に叩きつけた。
それほどまでに、番という絆は強いのか。
それとも、単にコータを受け入れることが出来ないだけか。
まさか、本気で、ヤクマを愛してしまったというのだろうか。
ポタリと涙が一滴、零れる。
驚いて顔をあげると、また一筋、頬を伝う。
「ううっ」
次から次と溢れ出る。
コータは、自分がなぜ泣いているのかわからなかった。
悲しみ、怒り、悔しさ、絶望、不条理感。
どの言葉も、何かが違う。
ぴったりと当てはまるものが見つからない。
どこか不十分。
「……うっ、う……」
コータは、自分でも説明のできない混沌とした暗い感情に捕らわれ、ただただ、涙を流し続けた。
■ □ ■
数日後、コータはヤクマカンパニー本社ビルのロビーにいた。
ずっと、考え続けた。
ユウリの気持ち、自分の気持ち。
どうしたいか。どうするのが最適か。
いくら考えてもわからない。
はっきりしているのは、ユウリを諦めるという選択肢がコータにはないということだった。
二時間待って、ようやく、ヤクマが姿を現した。
秘書のような人物に囲まれ、車に乗り込むところに駆け寄る。
「ヤクマ社長。ユウリのことでお話があります」
単刀直入に要件を切り出した。
ヤクマは、「おや?」というように眉をあげたあと、目線で車に乗るように促した。
後部座席に乗り込んだヤクマの隣に座る。
秘書は後部座席のドアをパタンと閉め、無言で助手席に乗り込んだ。
車は滑らかに走り出した。
「物心ついたときには、僕の隣には常にユウリがいました。ユウリは、キラキラと眩しくて、僕の太陽だった」
ユウリは優秀で、何をやっても一番だった。
優しくて、強くて、美しい。信じられないくらい輝いていた。
小さくて弱いコータは、いつも貧乏くじを引いてばかり。
それに気付いて、助けてくれたのはユウリだけだった。
コータにとってユウリは、暗闇の中の唯一の光だった。
「太陽がないと生きていけない。お願いします。僕にユウリを返して下さい。どうしても必要なんです。どうか、お願いします」
本当は、もっと理路整然と説得力のある主張を考えていた。
仕事では、いろいろな人と対等に渡り合っている。
どんな困難な局面も鮮やかに乗り越えてきた。自信もある。
だが、ユウリのことになると冷静ではいられなくなる。
昔のちっぽけな自分に戻ってしまう。
グッと熱いものが胸にこみ上げてきて、声がみっともなく震える。
言葉は、尻つぼみに小さくなっていく。
最後は深くこうべを垂れたまま、「お願いします、お願いします」とすがるように何度も繰り返した。
「顔を上げなさい。君が何を言おうがリーシーを渡すつもりはない。彼は、私の運命の番だ」
「……リーシーじゃない。ユウリだ」
「リーシーだ。私たちは同じ日に覚醒し、その日のうちに番になった。それから何年も幸せに暮らした。やがて、リーシーのお腹に新たな命が宿った。私たちは、ますます幸福になった。だが、Ω狩りによって引き離された」
ヤクマは力強く言葉を続ける。
話す声は耳に心地の良い落ち着いた低音で、その話しぶりは聞くものを圧倒する。
いつも自信に満ち溢れたαの中のα。雄の中の雄。
この世で最も完璧なはずの男に、なぜかはわからないが微かな違和感を覚える。
「私は絶望に打ちひしがれた。何年も、何年も、生き地獄を味わった。だが、リーシーは戻ってきた。もう、二度と離さない。今までより、もっと幸せにする」
うっとりとヤクマは微笑んだ。
その表情に、コータの背をぞくりと冷たいものが伝った。
この男は誰の事を言っているのだ?
ヤクマの覚醒した頃なんて、今から40年前だ。
どう考えてもユウリが生まれているはずがない。
「あなたの言っているリーシーは、ユウリとは別人だ」
ヤクマはカッと目を見開いた。
その瞳は、明らかに狂気の色に染まっている。
男は、口の端に唾を溜めながら大声で叫んだ。
「違うっ! リーシーは帰ってきたっ! ヤクマカンパニーの将来を託す跡継ぎを私に与えるために戻ってきたのだっ!」
「……く、狂ってる」
いつの間にか、車はカチカチとハザードを点滅させながら路肩に停められていた。
秘書が、後部ドアを開ける。
地下鉄の入り口だった。
促されるまま、コータは車を降りた。
「リーシーは絶対に渡さない。誰にも」
その背に、捨て台詞のような言葉が投げつけられた。
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