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第13話

「大変ですっ! 敵対的TOBですっ!!」 「また、ヤクマカンパニーか……。絶対にあいつだけには負けない」  コータはギリギリと歯ぎしりをした。  ヤクマへの直談判以来、ヤクマカンパニーの横やりが始まった。  世界を牛耳るヤクマカンパニーから見れば、コータの会社は吹けば飛ぶ存在だ。  みるみるうちに、コータは窮地に立たされた。 「クソッ! サービス部門の売却を発表して焦土作戦に持ち込むか……」 「今、ケイワイ社が買収の申し入れをしてきましたっ」 「ホワイトナイト……第三者割当増資を行う」  ヤクマカンパニーは様々な手段で、コータを徹底的に潰しにかかってきた。  やり過ごしても、やり過ごしても、何度も執拗に追い詰めてくる。  そんなときに、救いの手を差し伸べてくるのがケイワイ社だった。  ケイワイ社は、ここ数年で大きくなった投資会社。  経営者は学生のような若い男とも、引退した大物人物だとも噂されているが、実態は不明のまま。  コータとヤクマとの戦いを見守っているフシもある。  ヤクマグループに思うところがあるのか、単に弱きを助け強きをくじくという正義感からか、はたまた別の思惑からか。  コータは、フウと息を吐くと会社の応接室のソファーに倒れこんだ。  ここ数日、まともに寝ていない。  少しだけ、眠ろうと、目を閉じた時だった。  ブーブーブー  バイブの音が鳴り響いた。 「はい」 『コータか? ヨイチだ。今から、出て来れるか?』 「今から? 要件は?」 『取材だ。ユウリを引っ張り出すことに成功した。少しの時間だが、二人だけで会わせてやる』 「い、今すぐ行くっ!!」  思わず、声が上擦った。  急いで会社を飛び出す。  ユウリと会うのは、半年ぶり。  次から次と繰り出されるヤクマからの攻撃に防戦するのが精いっぱいで、ユウリ奪還計画は進んでいない。  タクシーで向かった。  建物の入り口には屈強なボディーガードが大勢いて、出入りする人々を鋭い目でチェックしている。  建物は平屋建てで、入り口横にロビーがあり、その奥にスタジオらしき大きな部屋と手前に2部屋、控室用の小さな部屋ある。  手前の部屋の前にヨイチが立っていた。コータの姿を見ると合図をするように片手を挙げた。 「中にユウリがいる。時間は10分。くれぐれも、妙な気は起こすな。連れて逃げるなんてことはしないでくれ」  普段のヨイチらしからぬ懇願する態度。もし逃げでもしたら、ヨイチの立場が危うくなるのだろう。  コータは、小さく頷いた。 「警備の様子からも、ユウリを連れ出すのは無理だ。最初からそのつもりはないから安心して……その代り、二人っきりにして欲しい」 「わかった。お前を信じる。10分後にノックする。それまで、この部屋に誰も近づけないようにする」  コータは、ドアの前で深呼吸した。  何度も拒絶されてきた。今回も拒絶されるかもしれない。  だが、諦めない。諦めたらそこで終わりになる。  ユウリは手に入らない。  それは嫌だ。  だとしたら、自分に出来るのは諦めずに何度でも手を差し出すことだけ。  いつか、その手を取ってもらえると信じて。  心臓が早鐘を打つ。  今まで感じたことのないような緊張感に失神しそうだ。  ガラにもなく、ドアノブを握る手が震える。  第一声は、どうしよう?  どんな顔で声を掛けよう?  頭が真っ白。  まるで初めてのデートに浮足立つ中学生だ。 「ユウリ、入るよ」  ガチャリとドアを開けると、入り口を背にしてユウリは立っていた。  浮世絵の見返り美人の様な構図で、顔だけ振り返った。  コータの姿を認めると、大きな目を見開いた。  僅かに開いている唇がプルプルと痙攣している。  ユウリは、半年前よりも美しく、そして艶めかしい色香をまとっていた。 「ユウリ」  気がついた時には、背中からその体を抱きしめていた。  ドアの前であれやこれやと第一声を考えていたのが、一瞬で吹き飛んだ。  愛おしくて、愛おしくて仕方がない。 「ユウリ」  愛おしい名を口にしながら、漆黒の髪に顔を埋めた。  思いっきり吸い込む。甘い匂いが鼻腔に拡がり、体の芯が震える。  ユウリの匂いだ。ピリピリと何かが全身を走り抜けた。  腕の力を緩めると、ユウリの体を反転させて、今度は正面から抱きしめた。  パズルのピースみたいに、すっぽりとユウリが収まる。  やっぱり、自分たちはピッタリだ。この世のどんなものよりも。  心地の良い温度に安心する。安心しすぎて泣けてくる。  この温もりなしに過ごせた日々が信じられない。  もう、二度と離したくはない。  ユウリの顎をとると、その唇に口づけた。  歯列を割り、乱暴に侵入する。  ユウリの中は温かくて、とてつもなく甘い。  口腔の中、舌を思いっきり這わす。  深く、深く、一番奥の奥まで。  誰も暴いたことのないところまで。  長さに限りがある舌がもどかしい。  いっそのこと、触手みたいにニョロニョロと際限なく伸びればいいのに。 「んん」  ユウリの舌を見つけて、吸い上げた。  締め上げるように、唾液を搾り取る。  舌を絡めとられたユウリが、ブルブルと体を震わせて、くぐもった声をあげた。  ユウリの両手がコータの背をぎゅっと掴む。    拒絶されていない。そのことがたまらなく嬉しかった。  ちゃんと受け入れてくれている。  目頭が熱くなる。  滾った血液が体の中心に集まり、コータの欲望の形が変化し始めた。  熱を持ち始めた腰を擦り付けると、ユウリのそれも昂りはじめていた。 「え?」  コータの驚きに我に返ったのか、ユウリは慌てて体を離した。 「ユウリ?? どうして?」  ユウリのそれは明らかに形を変えていた。  一度番うと相手以外には、何があっても欲情しない。  だから、ユウリがヤクマ以外に欲情するはずがない。  ということは…… 「ユウリ、ひょっとして……」  ――そうだ、なぜ気付かなかったのだろう……    首の防護首輪を凝視する。  防護首輪は番には不要だ。  それを身に着ける理由は一つ。 「ユウリ? 僕の想像通りなの?」  ユウリは目を伏せた。長い睫が影を落とす。  肯定とも否定ともとれる仕草。  トントン  ノックの音が響いた。  約束の10分だ。ワラワラとスタッフが部屋に入ってきた。  ユウリの前に立つコータを胡散臭げにジロジロと見る。 「コータ、行くぞ」  ヨイチが外に出るように促した。タイムリミットだ。  コータは、後ろ髪を引かれる思いで現場を後にした。

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