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 集まる視線に居心地が悪くなって、純は逃げるようにして近くの建物に入った。  よく見ないで入ったそこは、こぢんまりとした文化施設で、ホールでは地元高校演劇部の無料定期公演がはじまるところだった。  微塵も興味がなかったため、純は今まで一度も演劇を見たことがなかった。それでも吸い込まれるようにホールに向かったのは、しばらく人目のつかないところにいたいという気持ちがあったせいだろう。  受付の生徒からパンフレットを受け取って、ホールの中へ入る。  受付の時に、今日の劇は部員が創作したものだと言われたが、あまり期待はしていなかった。歳がそんなに変わらない素人の学生が作ったものだし、役者もプロがするわけではないから、正直言って面白くないと思っていた。  しかしそれは思い違いだったと、すぐに思い知ることになる。  会場が暗くなり、幕が上がる。そして、そこで運命の出会いを果たした。  豊かな表情を浮かべながら、蝶々みたいに優雅に舞台を自由に動き回る主人公の男性。圧倒的な演技力であったが、どこか寂しそうで、ガラス細工みたいに触れたら壊れてしまいそうな儚げな雰囲気をまとっている彼に、開始数分で心を奪われた。彼が笑うと心が躍る。彼が悲しそうにすると胸が痛む。彼が怒ると熱い衝動が胸の奥から湧き上がる。純はもともと感情の起伏が薄いほうであると自覚があったから、こんなに一人の人物に心を動かされるのは初めての出来事だった。  公演中、瞬きすら忘れて、ずっと彼だけを見ていた。今まで、どんなに美しく、どんなに演技がうまい俳優をみてもなんとも思わなかったのに、彼にだけはどうしようもなく惹かれた。  時間の経過は驚くほど早く、公演時間の1時間はあっという間に過ぎてしまった。ストーリーも奥が深く、とても面白かったが、それよりも、もっと主役の彼を見たいと素直に思った。そのころにはもう、彼女に振られてしまったことなんて忘れていて、彼の事で頭がいっぱいだった。

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