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「喉開けてー…あー…真っ赤だな」
そう言って中年の獣医は家主の口を閉じさせた
「風邪悪化してるじゃねぇか。建太郎、ちゃんと安静にしとけって言ったのをしてなかったな?」
市販の風邪薬を懐から出して建太郎に手渡すと、縁側に座り込んで庭に向けてぷらぷらと足をばたつかせて垣根を見ている彼の元へと近づいた
「クロ」
先程建太郎に掛けた言葉からは想像もつかないほど柔らかな声音で、彼の名前を呼ぶ
ちりん
振り向いた拍子に、彼の首につけられた鈴が音を立てた
「──?──ぁ──!」
「建太郎は風邪だって言っただろ?あんまり頑張らせるなよ?」
きょとんとして尻尾を?の形に曲げるクロに、ちらほら白いものの混じる頭を掻きながら、獣医は意味ありげににやにやと笑う
「室内運動もほどほどにな?」
「エロじじぃっ…っな訳ねぇだろ!」
氷枕を獣医に投げつけ、建太郎はぷいっと不貞腐れて布団の中へと潜り込む
わははは!!と高笑いする獣医の服の裾を、クロはちょいちょいと引っ掻いた
「ん?なんだ?」
「ぁ───?っ?」
ばりっばりっ…と、フケを落としそうな勢いで頭を掻き、天井を見てうーむと唸る
「ああ!シロか?」
シロと言う名前は知らなかったが、クロは獣医に更に尋ねかけた
「…?」
「あぁ、うん、大丈夫だ!」
大きな手でわしわしとクロの頭を撫で、獣医はにっかりと白い歯を見せて笑う
クロの尻尾がまた大きく揺れた
「お前さんみたいになつきはしないが、ちゃんと飯も食べてるし、イイコにしてるぞ」
獣医の明るい顔を見て、クロはよくわからなかった言葉に安堵する
産まれた時から一緒の彼と離ればなれにされた時、どうなることかと取り乱した事を思い出して急に不安になった
独りの心細さを…思い出す
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