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 きぃ…と扉の音がして一人の青年が顔を覗かせる。  足元からは当然と言う風に黒猫がするりと店内に入ってまたいつもの場所に飛び乗った。 「あいつ、来てま――…あっ」  顔を見せた青年は、綺麗なアーモンド形の目をマスターからテーブルへと移してぱっと顔を輝かせる。 「待たせたか?」 「いや」  服装や髪形の雰囲気から見ても彼は大学生くらいで、決して社会人と言う風には見えない。  生真面目なサラリーマン姿の客とはどう言った仲なのか推量するのは難しかった。 「よかった!授業が長引いてさ」  マスターが水を持っていくと、テーブルに置かれるのも待たずに直接受け取って一気にぐぃっと飲み干している。 「走って来たのか?」 「うん、…あの、早く逢いたかったから」  潜められた声は小さかった筈なのに、射る矢のようにカウンターの彼の耳に届いた。  ――――逢いたかったから?  彼がそう言葉を胸中で繰り返す。  そこに染み込んでいる感情は明らかな恋慕で、彼は困惑して眉をひそめた。  幸いテーブル席を背にしているためにその表情を見られることはなかったが… 「恋人同士なんですよ」  カチャカチャと音を立てながら事もなげに告げたマスターに、「は?」と声を返す。

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