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「よろしければ」  それが珈琲の事だったのか彼らが気になった事だったのかはっきりしないまま、彼はぽつりと漏らした。 「―――どうして彼らは、    」  続かなかった言葉をマスターは急かさなかった。  十分すぎる時間を置いた頃に、探し出せた言葉を吐き出す。 「堂々としていられるんでしょう?」  問いかけであったが自問自答なそれに、マスターの唇の端に苦笑が浮かぶ。 「貴方は、堂々としていられない?」 「あっ…」  はっと口を押えた様は全てを物語っている。 「……あの」  手の震えが体にまで及んだのか、彼は自分を守るようにぎゅっと抱きしめた。 「――――ええ、そうです」  同性愛者だと認める事に緊張していたのか、告げた後に吐き出した息は重々しいものだった。  「だって!……そうでしょう…この世間で、どれだけそのことが背徳的か」 「………」 「ああやって店で待ち合わせて、出かけるなんて…」  弱い声はやはり自問自答の響きを含む。 「羨ましい?」 「…っ」  何か言いたげな目が彷徨い、諦めて飴色のカウンターに落とされる。  美味しいが食べきれなかったチーズケーキと、湯気を立ち上らせている珈琲に目を落とした彼は、項垂れて口を閉ざした。 「お相手の方はなんと?」 「……そんな…こと、言う奴じゃないから」  自嘲は口の端に上り… 「俺一人がのたうってるだけだっ」  カップの傍らにポトリと落ちた滴を慌てて拭うと、申し訳なさそうに頭を下げた。

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