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「…すみません」
「いえ。構いませんよ」
染み入る響きのその声は呼び水のように彼の続きの言葉を促す。
「あい…あいつは何にも言わないんだ!休日に一緒に出掛けることもなくて、逢うのは部屋でだけで…付き合ってるとも言う事も出来ない!!そのことに対して…何も…」
ぐっと詰まった息に咳き込むと、マスターが慌てて彼の方へと回り込んで背中をさする。
「………違う。言いたいんじゃない」
溢れそうになった涙をさっと拭い、背をさするマスターに促されるように言葉を紡いだ。
「…誇れないのが、悔しい……」
ぽつりと零れたそれが本音なのか、彼は小さく蹲るようにして肩を震わせる。
「――――あの絵を、本物か聞きましたね」
「…?」
溢れる水は、今にも砂漠に迷う旅人を救いそうな程だ。
「鑑定士の方も画商もコレクターもすべて意見は違っていました」
転がり落ちて音を立てそうな金の鈴は、音を立てないのが不思議な程だ。
「本物かもしれない、もしくは偽物かもしれない。それでもこの絵を飾り続けているのは…」
キィと鳴った扉に、彼がはっと顔を上げる。
「偽物でも本物でも、評価なんかどうでもいい。私が、この絵を好きだからです」
――――なぅ
「いらっしゃいませ」
マスターはそう言うと、素早いが優雅な動きでカウンターの中へと入って行った。
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