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置いた手をその位置からするりと上に滑らせただけで、一宏はこちらが驚くほど大袈裟に反応する。
跳ねた体の上に馬乗りになって押さえつけると、抵抗する素振りを見せるが、やはり素振りだけだった。
「っ…俺、…ん…っ」
一宏の声の魅力は怒声よりも鼻に抜ける喘ぎ声でこそ本領を発揮すると思う。
散々啼かせてよがらせて、その声を堪能したいとも思うが…本人はこの声が出るのにちょっと不満を抱えているようだ。
「どうした?」
瞳の中が、快楽に堕ちてしまいたいと言う思いと体を労わりたいと言う訴えとで揺れている。
いや、堕ちたい方が優勢か?
もぞもぞと膝が擦り合わされて、その内側の高まる期待を表す。
「な…なんでも…」
「なんでも…?なんでもない?」
その態度自体が十分に誘っているのだと言う事を一宏は知らないようだった。
ほんのりと赤く染めた目元でこちらをとろりと睨みつける艶っぽさに、オレの理性は何度となく突き崩された。
「なんでもないなら、体を休めてるといい」
「えっ」
思わず漏れたらしい言葉は、引き上げたオレの手への抗議に思える。
一宏の横にごろりと横になると、例の色を含んだ艶のある目がちらちらとこちらを見てくる。
あえてそれを無視してその肩に頭を預けるようにして顔を擦り付けると、甘ったるい一宏の匂いが一際強く匂ってきた。
頭の芯が揺れるような甘さのそれを、鼻腔一杯に吸い込む。
「ぁ…の、んん……塾は?」
「今日は休みだ」
「…用事…とかは?」
「いや、特にない」
わざと喋れば唇が胸板に触れる位置で喋ってやると、一言一言にぴくぴくと反応が返る。
男に対して、可愛いなどと思う日が来るとは思わなかったが、唇を噛み締め、こちらを伺いながら耐える姿は正直、本能に直接訴えて来るぐらいキた。
「どうした?」
片手をついて体を起こし、上を向いていた一宏の顔を覗き込む。
影で隠れた表情の中、そこだけきらりと光る眼がこちらを向く。
飢えた…獣の目…
ともすればこちらが食い散らかされるのではと思ってしまう、貪欲な目だ。
「…いや、つ……いや、なんでも…」
言いかけて止める。
つ?
つから始まる言葉を探すが、月見くらいしか思い浮かばない。
月見うどん?
腹でも減ったのか?
情欲の目ではなく空腹の目だったか?
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