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『天野祝』…と、オレは呼ばれていたらしい。
らしいと言うのは呼ばれていたのがオレであってオレでないから。
時代はいつか…なんてはっきりはしなかったが、当時の権力者の名前を思い出して調べてみると、ざっと1800年程前の話になる。
オレ『岡田将晴・オカダマサハル』は、『天野祝』…だった。
1800年も前の事だから、もちろん今のオレがそのまま『天野祝』だった訳じゃない。
たぶん…生まれ変わりって奴だ。
こんな事は、本棚に並ぶ漫画の中だけの出来事かと思っていたけれど、体験して初めてそうでもないんだな…と妙に納得した。
前世の記憶を思い出したきっかけは夏に巻き込まれた事故。
病院に運ばれて、一眠りして目覚めたらオレの記憶に『天野祝』の思い出のようなものが増えていた。
今と並行して存在するのではなく、小さい頃の記憶の一つのような感覚でそれはするりとオレの中に入ってきた。
前世の記憶があるからと言って、オレに特別な変化があった訳ではなく、超能力が使えるようになった訳でも、神様から特別な使命を貰っていた訳でもなく、平凡な子供のままだった。
ただ、奥底に、焦がれるような、じりじりと胸を焼く感情にだけは時折悩まされた。
『小竹祝』
その名前が時折、暗い海の中から浮かび上がる光のように記憶に灯る。
そうすると矢も楯もたまらなくなり、ただただその名前を持つ人間に会いたくなって仕方がなくなった。
薄ぼんやりとした記憶の中に、彼の笑顔だけが鮮明に蘇る。
あの笑顔をもう一度見たくて…
『小竹祝』への思いの焦燥感に駆られる度に、例え深夜であろうともその人物を求めて家を飛び出して人ごみを彷徨った。
彼に会いたくて…
会いたくて。
オレがこのように輪廻を経て再び生を受けたのだとしたら、彼も再びこの地上にいる可能性がある筈。
彼の命が尽きた時、共に行こうと喉を掻き切る程に愛しいその人物に、会いたくて…
けれど、胸を掻き毟りたくなるこの思いを告げる相手を、オレは見つけられずにいた。
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