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 その年は肌寒くて、入学式だと言うのに桜はまだまだ蕾の方が多いくらいで、少し寂しい入学式だった。  もともとそんなに真面目ではないオレは、校長の挨拶だとか、来賓紹介だとか、そんなどうでも良さげなものは華麗にスルーして、たまたま一緒の学校に入学することになった同じ中学の『津田衛・ツダサトル』とこそこそ笑い話をして過ごしていた。 「新任の先生を紹介いたします」  それを聞き流そうとして、一人の教師の自己紹介が耳に飛び込んできた。 「今年、新規採用となりました『日野真唯人・ヒノマイト』と言います……」  マイクを通した質の悪い声でも分かった。  ぎゅっと胸が詰まる。 「岡田?どした?」  急に押し黙ったオレを訝しんだ津田が声を掛けてきたが、そんな事にかまっていられなかった。  慌てて後ろを向いていた体を前へと直すと、眼鏡をかけた顔を赤らめて照れくさそうにそそくさとマイクを次の教師に渡している男性教諭に目が行った。 「……っ!!」  見つけた…と、心のどこかが呟いた。  姿が一緒だとか、声が一緒だとかそう言う事じゃない。  けれど、分かった。  頭か、心か……魂か、そんなもののどこかが叫ぶ。 「見つけた…」  彼が、『小竹祝』だと……  オレ達は今で言う神官のようなもので、小さな頃から共に育った。  『小竹祝』はどうにもこうにも天然な奴で、そんな奴の傍でオレはなんだかんだと気をやきもきしながらも楽しく過ごしていた。 「桜を見に行こう!」 「何言ってるんだ、書簡を持っていかないと…」 「今いかないと、天気が崩れたら全部散っちゃうよ?」  カラカラと手の中の書簡を弄り、ちらりと外を見る。  確かに、雨が降りそうな天気だ。  ここ数日、祭典などで桜の花など見る余裕もなかったのは確かで、オレ自身気持ちに余裕がなくなってきているのは痛感していた。 「な?行こうよー」  『小竹祝』は、きっと自分が見たいのではないのだろう。  ここ数日の激務でオレが荒み始めてるから、息抜きをさせたいのが真相だと思う。  そう言う事は、おくびにも出さない。  『小竹祝』は、そう言う奴だ。 「しょうがないなぁ」  からん…と書簡を机の上に放り出して立ち上がる。  そんなオレを嬉しそうに見る『小竹祝』にほんのりとした感情を抱くようになったのは、いつからだったのか…

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