119 / 205
.
悶々としてプリントに落書きをしていると、こつりと拳を落とされる。
「あだっ!!」
「やる気入ってない!」
ヤル気なら万全だよ…と返す事も出来ず、むくれて唇をつんと尖らせる。
「後30分で校門しまっちゃうだろ?」
「じゃあさぁ!30分以内にプリント全部したら、ご褒美くれよ!」
「はぁ?」
素っ頓狂な声を上げる日野を見て、少し胸がすっとする。
こちらは悶々としているのに、一人彼女と宜しくやろうなどと誰が許せるものか。
「えぇ…」
困った顔が見れればそれで十分だった。
本気で困らせたいわけでもないし、嫌がらせがしたいわけでもない。
ただ…
ただ、どんな形でもいいからその心の中に、一瞬でもいいから残りたかった。
「じゃあー…」
洩れた言葉にはっとなって日野を見ると、眼鏡の奥の視線を上方に向けてんーと唸っているところだった。
「…じゃあ、気晴らしに…桜」
「へ?」
「桜、見に行くか」
からん…と手の中から鉛筆が転げ落ちる。
咲き始めが遅かったとは言え、学校の桜はもうすでに青々としており、光に透けて薄い緑の光を落とすようになっている。
今の時期に桜なんて、季節外れもいいところだった。
「はぁ?」
余程変な顔をしていたのか、日野はオレの顔を見てぷぅっと頬を膨らませ、「今、馬鹿にしただろ!」と一人怒り出した。
「いやっちがっ……日野ちゃん、分かってる?今はもう…」
「それが、咲いてるんだってさ」
「桜が?」
「そう、今年は咲くのが異常に遅かっただろ?それで、咲くのが遅い種類のがまだ少し北に行けば残ってるんだそうだ」
くるくると変わる得意げな顔を可愛いと思い、破顔しそうになった顔を慌てて引き締める。
「さくらかぁ~…」
わざと気乗りしないような声で言ってやる。
「アイスくらいなら買ってやるから!」
その必死さに気付く。
「桜が見たいのって日野ちゃんなんでしょ?」
「うっ」
表情だけでわかる。
季節外れの珍しい桜を見てみたいだけなのだ。
県内の北…と言えば、少し遠出になる。日帰りで気楽に行って帰ってこれる距離ではあるが、それだけに出かけるには何かきっかけがないと出にくい距離だった。
その遠出の後押しをする要因が、欲しいのだ。
「…まぁ…北って言えば、牧場で有名だしなぁ……」
「うまいとこ、知ってるから!」
両拳が必死さを伝える。
そんなに行きたきゃ、小さな子供じゃないんだから一人ででも行けるだろうに…
苦笑いが前面に出てしまうのを抑えきれないままオレは鉛筆を握り直した。
「んじゃ、5時50分までだな!」
ご褒美の提案をしたのはオレだったのに、日野の方がぱっと嬉しそうな表情を作った。
どっちが、どっちのご褒美なんだか…
ともだちにシェアしよう!