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「………」  ご褒美は、好意なんかじゃない。  ただの、気まぐれなんだ。  実験器具を揃える横顔を見る。  柔和な笑顔がいつも浮かんでいるそれは、今は固い表情を見せていて静かな怒りを感じさせている。  そんなに、久米との時間が大切なのか?  悔しくて…悔しくて立ち尽くすオレの方へ、ちらりと視線が寄越された。 「………帰らないのか?」 「…帰る……よ」  言ってみたものの、足は扉の位置から動かなかった。  冷たい横顔を見てから別れたくなかった。 「……お茶ぐらいなら、出してやる」  口がへの字に曲がる。  その目が、「しょうがないな」と言う光を湛えたのを見て救われた気がして日野の傍へと駆け寄った。  器具を整える指先を止めて、オレの方を見てくれた。  柔らかな笑みと雰囲気に心が弾む。 「遅くなるといけないから、飲んだら帰れよ」 「わかってるよ!」 「はい、だろ?」 「はーい」  軽くそう返すと、日野の口元ににっこりとした笑みが浮かんだ。  やっぱり、見惚れる…  綺麗な笑顔だ。  これを一度失ったのだと思うと、胸が締め付けられて奈落に転がり落ちそうになる。  幸せなこの笑顔を…オレは…失いたくない。  失うなんて、真っ平御免だ。  失う可能性を考えただけでもぶるりと体が震えると言うのに、それを向けられなくなるのは…死んでしまいたくなる。  いや、一度死んだんだけどさ…  オレは、このまま手のかかる一生徒として傍に居るべきなのかもしれない。  そうすれば…日野の笑顔を失わなくても済む。  1800年前も、そう言った意味で触れた事なんてなかった。  ただ傍に居る事が出来ると言うのが幸せで。  今更…  そう、  今更、失うリスクを冒してまで告白する必要があるんだろうか?  傍に居れたら幸せ。  それは、昔から変わっていない。 「久米と…付き合ってんの?」  お茶を準備していた日野の手が止まり、眼鏡に隔てられた目を丸くしてぽかんとした顔がこちらを見た。  手の間から紙コップが零れ落ちて床に小さな音を立てて転がる。 「な、な、なにそれ!」 「いや、もっぱらの噂だけど…」 「違うよ…」  弱弱しく否定するその言葉のどこまでが本当なのか…  照れ隠しのようにも思う。 「隠さなくてもいいって!」  「うん」…と、そう言ってくれれば告る気持ちにケリがつく。  そう願って話を振ったはずだった。 「…久米先生は、同僚だよ」  湯の沸く音が大きくなる。 「俺は、好きな奴、いるから…」  大きくなったシュンシュンと言う音が、日野の言葉を遮る。 「……俺の、一方通行だけど…」  はにかむ顔に、「ああ、こいつも恋愛してるんだな」と思って不思議な気分になった。  日野に想われてる女が羨ましくて…妬ましくて… 「そう…なんだ…」 「ああっもう!恥ずかしいなぁ!」  そんな顔をしないでくれ…と、怒鳴りつけて抱き締めたかった。  けれどそれは、日野とのこの関係を崩すと言う事で…  オレは必死に言いたくない言葉を絞り出す。 「うまくいくといいな」 「……うん」  笑った顔が切なすぎて、滲みそうになった視界をコーヒーに移すことで誤魔化した。

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