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 朧げな記憶の最後は、中天に差し掛かった眩しい程の太陽。  清められて白い衣と装身具に彩られ、納棺を待つ為に横たえられた『小竹祝』。  そして、オレは刃を喉へと押し込んだ。  嫌な夢だ…  尻がムズムズして、そわをわと落ち着かなくなる。  久しく見てなかったこの夢を見たのは、きっと今日が……日食の起こる日だからだ。  オレにまるで警告するかのように…  「日食は、太陽と地球の間に月が入る事で起こります」  ずり落ちそうになる眼鏡を押し上げながら日野が説明をする。 「今日はー…俺達が生きてる間に見れる最後の金環日食だ!きちんと観察するように!」  じりじりと焼けそうな日差しを見上げ、てうんざりする。  日食は…嫌いだ。  違うな。  嫌いと言うよりは、恐怖の対象だ。  その絶対的な存在感と圧迫感に…オレは押しつぶされそうになる。  少しでも逃れたくて、日差しに滲みだした汗を拭って木の下へと座り込んだ。  やっぱり、日食は苦手だ。 「あーっちいなぁ!」 「あれ?今頃来たの?」  堂々と遅刻してきた津田に傍らに座られ、暑苦しさが倍増した。  何気に、距離を取る。 「ぃやぁーだって、今世紀最後だぜ?人生で最後だぜ?広いとこで見たいだろー?」 「どこで見たって一緒だろ?」  ぱたぱたと手で胸元を仰ぎながら、女子に日食グラスを配っている日野に目をやる。 「日野ちゃんは張り切ってるねー」 「…まぁ、なぁ…」  こちらにグラスを配りに来る日野に目をやった。 「あれ!?津田、来てたの?君の分、科学室に置いてきちゃったよ」 「ええ!?俺見れない!?」 「ごめんっ今から取りに…行って…間に合うかなぁ…」  年甲斐もなく狼狽える日野に溜息を零し、オレは手の中のグラスを津田へと押し付けた。 「これ使え。取りに行ってくる」 「岡田が見れなくなるよ?」  校舎の方へと歩き出したオレの後をばたばたと追いかける日野の頭を、こつりと小突く。 「別に見れなくたって…珍しいもんでもねぇよ」 「珍しいよ!」 「後でネットで見るよ」 「臨場感って大切だと思うよ!!」  両手で拳を作り力説する日野に苦笑いが零れる。 「地球ができてから、どれだけ日食があったと思ってんだ?」 「でも!今回のは今回だけだよ!?」 「はいはい」  どっちが年上なのか分からない会話をしながら四階の科学室へと駆け上がる。  ひんやりとした校舎内には人気はなく、遠く校庭から聞こえるわっと上がった歓声がその時をオレ達に知らせた。  ああ…また、あの現象が始まったのか… 「あ…」  どこか悔しそうな日野の上げた声に笑いが漏れる。 「一番見たかったの、日野ちゃんだろ?」 「ち…ちが……」  むう…とむくれて眼鏡を押し上げる。  そのむくれ面につい破顔すると、日野はますます頬を膨らませてしまった。  一目見て機嫌を損ねた事の分かる態度に謝りながらも、笑顔を押し殺す事ができないままにその手を取る。 「お…岡田!?」 「これだろ?」  教卓の上に置かれていたグラスを手に取り、手を引いて駆け出す。 「わっわ…!?運動場は反対…っ」  ぐいぐいと手を引かれ、上がってきた階段とは反対方向へ向かうと、普段は使われる事のない屋上への階段を駆け上がった。  恐れだ。  オレの日食に対する感情は、今も昔も変わらない。  あれは罪の象徴で、オレの同性に対する恋心を戒めるもの以外の何物でもない。  忌むべきものだ。  けれど、日野が見たいと言うのならば、好きな奴がそう言うのならば見せてやりたい。 「こっから見ようぜ」 「でもっ」 「いいから」 「だって」 「絶対、校庭から見るより近い分イイって!」  指が回ってしまう程細い手首を離さないように力を込める。  温かい脈にほっと胸を温められながら、日野を引き寄せた。 「な?」  その顔を覗き込んでそう言うと、一瞬の葛藤がその目を過り、そして好奇心に負けた表情が覗く。 「内緒なら…」  にっこりと笑って急いで最後の階段を駆け上がる。  二人で鉄の扉に飛びつき、示し合わせたかのように顔を見合わせる。

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