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「「せーの」」  きぃ…と開かれた重い扉から洩れる空気は、初夏のそれの筈なのにどこかひんやりとした物を含んでいた。  その空気に、自然と顔をしかめる。 「わ…涼し…………ぁ…」  日野の視線が空へと向かう。  それ追うように視線を移動させると、夏場の燦々とした日光が次第に陰り始めるのが見えた。 「わぁー…」  ぽかんと子供のように口を開けて消えていく太陽を眺める日野を見やりながら、オレは息苦しさに胸を抑えた。  いつ見ても、この瞬間の苦しさは拭いきれない。 「岡田?どうした?ちゃんと観察しな……」  苦しさに、その細い体にもたれかかった。 「っ、お…岡田?…」  細い体も、大人びて見られたいと言う割にはころころ表情を変えるその顔立ちも、全てがオレの心を抉る。  幾年経とうと忘れる事のなかった面影が、隠れ始めた太陽に晒される。  何も変わっていない。  戒められても、変えることなどできない。  オレのこの気持ちは…不変だ。 「…っ」 「何?どうした?気分でも…」 「………」 「え?」  『小竹祝』… 「なに?何て言った?もう一回言ってくれない?」  きょとんとした顔の眼鏡を取り上げる。 「あっ!」 「日光グラスするなら眼鏡いらないだろって言ったんだよ」  滲んだ涙を、瞬く事で誤魔化しながらその手に日光グラスを握らせる。 「もう!」 「ほら、早く見ないと終わっちまうぞ」  背を押して手摺の方へ押しやると、子犬のように駆けて行く。  『小竹祝』  その背にもう一度呼びかける。 「岡田!見てごらんよ!わっかになるよ!」  日光グラスを掛け、きゃあきゃあと声を上げる日野の声に導かれて顔を上げると、常に空にあり、不変の物である筈の太陽が覆い隠されて空が闇に沈む瞬間だった。  一瞬、目が眩んだのかと間違えるような暗転が訪れ、ゆっくりと世界が薄暗闇に染まっていく。  辺りを見るのに不便はないが、暗く沈んだ異様な世界。  別世界が、空間を支配する。 『阿豆那比之罪(あずなひのつみ)』  腹の底に鉛を沈み込ませるような嫌悪感と呵責の念が沸き起こる。  闇に沈んだその薄暗い世界が、かつての人々にとってどれ程恐怖の対象かを思い描いて首を垂れる。 『太陽が現れぬのは阿豆那比之罪の為』  突然亡くなった『小竹祝』と、その後を追ったオレとを憐れんで共に埋葬した結果、世界は闇に落ちた。  その現象がなんだったのかなんて、今のオレにも分からない。  神官のじい様が罪に対する罰だと言ったのだから、そうなのかもしれない。 「綺麗だねぇ」  日野はそう言って空を見上げる。  夜とは違う薄暗闇に浮かぶ金環は、月のそれよりもか細くて、すべてを曖昧な闇の中へと葬っていく。 「…そうだな。綺麗……だな」  一人その記憶が残るのは、自ら命を絶ったが為の罪なのか。  不吉と言われて恐れられた日食を見て微笑む日野の横顔を見つめる。 「岡田も見なよ!」 「あーはいはい」 「なんだよ、その気のない返事はっちゃんとしないと点数上げないからな!」 「えっ…!?」  慌てて駆け寄り、その手から日光グラスを受け取って目に当てる。 「…昔は…こんな神秘的な事が、不吉だったんだよね…」  哀しげに呟かれた言葉に、傍らを向いた。 「小竹…」 「今じゃプロポーズの小道具だもんねぇ」  あはは…と気楽に笑う日野を見る。 「………………そうだな…」  苦笑して、肩を竦めた。

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