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 幾ら面影を宿していても、  幾らその笑顔に変わりはなくても、  彼が『天野祝』の名を呼ぶ事はない。  傍らでただ、その行動の端々に『小竹祝』の面影を見る。  苦しさに、膝を折った。 「岡田?」  オレの異変に気付いて、日野が傍らに駆け寄る。  触れたい。  抱きしめたい…  でもそれは…罪か?  罪…罪だとしても、曖昧な闇に沈んだこの光の中ならば、神の目にも触れないのかもしれないと、ぼんやりと頭の片隅で考えが浮かぶ。 「どうした?やっぱり、どこか具合悪いのか?さっきから…」  「違うっ!!」  オレの怒鳴り声に、日野ははっと口を噤んだ。  驚き竦む体に手を伸ばして…抱き締めた。  鳥の様にしなる体の感触に、胸が震える。  オレは…やっぱり、お前の事が好きだ…  何年経とうが、咎められようが、この想いはどうにも変える事が出来ない。  傍らで、幸せを願う…だけなんて、そんな事が出来るほど聖人君子じゃない。  幸せになって欲しいけど、その時傍らにオレがいなきゃ嫌だ。  嫌なんだ。  久米や、見た事もない女となんかいて欲しくない!!  暗い空を見上げる。  罪が、オレの上に圧し掛かっているようだった。 「おか…だ?」  怯えたようにこちらを見つめる日野に震えそうになった。 「…あ……」  愛している…と言葉を出そうとして詰まった。  もし、  もし、  太陽が二度と出なかったら?  阿豆那比之罪で再び、この世から太陽を奪うのか?  体を離すために腕を、伸ばす。  オレの視線の先で、日野が不安げな目でオレの次の行動を待っている。  手が、震える。  やっぱりこの気持ちに蓋をして、何事もなかったかのように過ごさなくてはならない。もし、このまま太陽が現れなかった時の事を考えると、足元の床が抜け落ちて行くような、内臓すべてを落としてしまうかのような感覚がする。  『天野祝』の恐怖感は、オレを支配してやまない。 「本当に、どうしたんだ?」  オレを心配してくれる日野。  オレ、『岡田将晴』を…  1800年前なんかじゃない。  今を生きるオレを心配してくれる日野。  世界と日野を天秤にかけて…オレは………  オレは  オレは 「日野ちゃん」 「? なんだ?」  オレは、『天野祝』だったけど、今は、『岡田将晴』だ。  地球が丸いのも、世界が広いのも知っている。  病気が悪霊の起こすものでない事も、いろんな人種がいる事も、サンタはいなくて、月にウサギはいなくて…  神様の天罰とやらも怖いけど、テストの成績が悪かったりだとか、携帯電話を使いすぎたりする方が怖い、ただの学生だ。  『天野祝』  と、心の中で呼びかけてみる。  遥か昔の自分に、自問自答する。  あれが怖いか?  日食は、ただの天体の起こす現象なんだ。  だから、地球が、月が、太陽が動き続ける度に起こり、時間が流れれば終わる。  終わるんだ。  必ず太陽は現れるもんなんだよ。  『天野祝』は知らなくても『岡田将晴』は知ってるんだ。  だから、怖くなんか…ない。  

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