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 卒業してしまえば、彼とオレとの接点なんて消え失せる。  卒業しても会いに来てくれるかと言えば、今の彼とオレの関係じゃあ望み薄だ…せめて、年賀状でも毎年くれたらなぁ…と思っても、岡田はそんな事をまめにしそうなタイプではない。  高校の、限られた時間でしか共に居られないのであれば、岡田に少しでもマイナスな感情を抱いて欲しくない。  高校の担任として、穢れない部分を覚えておいて欲しい。  『小竹祝』の記憶は覚えていなくても、『日野真唯人』のことぐらいは覚えててくれるだろう。  それで…いいんじゃないかな?  そうなれば、彼には少しでもいい成績を取ってもらいたい。  できれば将来、あの先生のお陰で苦手だった科学を克服した…とか言われたい。  …でもあの壊滅的な数字をどうしてくれようか?  …  あ。 「日蝕」  そう言葉が漏れた途端、オレの足元にころころと鉛筆が転がってきた。  またか?意味ないだろうに… 「またやってたのか?」 「ちげーよ…」 「そう」  ふと見た彼の顔色が…優れないように思えたのは気のせいか?  事前に授業内容をそれとなく伝えておけば、岡田も予習とかしてちょっとは成績向上に励もうとするに違いない! 「もうすぐ日食があるの、知ってる?」 「…ああ、うん」  話をし始めると、岡田は急に真面目くさった表情でプリントとにらめっこをし始めた。  聞け!  聞いてくれ!  それでもって、せめて二桁の点数を取ってくれ!  そう願うのに、岡田は興味がないのかふぅん…とか、へぇ…とかしか言葉を漏らさない。  わざとらしく、今までぼんやりと眺めていたプリントを必死で読んでいる。 「授業でも取り上げようと思ってるんだ。面白そうだろ?」 「…別に」 「別にって…」 「今まで何回も見たよ。ちっせぇガキじゃあるまいし、そんなにはしゃぐ程の事じゃねぇよ」  今度の金環日蝕は、本土では百何年ぶりとかで、今から日光グラスを買いに走る人も少なくない一大天体イベントで…  ロマンだよ?  ファンタジーだよ?  オレも昔は怖いから苦手だったけど、実はあれ、凄い事なんだよ?  もっとこう…手応えを期待していたオレは、岡田の反応の薄さにさらっと授業でするぞ…と言ってしまっていた。 「可愛くない事言ってると、日食グラス貸してあげないよ?」 「いらねぇし…」  俯く彼の顔色が……やっぱりよくない? 「顔色、悪いぞ?」 「え?…ああ」 「あ」  つい視線が行く彼の首元に、赤い筋を見つけてどきりとする。  さっき襟を引っ張った時にきつくしすぎたのだろうか?  彼に傷をつけてしまったようだった。  …これはもう、責任とって結婚するしかな……いや、そうじゃない。 「さっき襟を引っ張りすぎたか?」  首元を指し示しながら言うと、顔色の悪かった彼はさらに表情を曇らせて見せた。 「これは……以前に交通事故に遭った痕だよ…」 「事故?」  本当に事故なのか?と、問いかけるのも不自然だと思ってできなかった。  でも、聞きたい。  だって、あの位置は…彼が自分の首を掻き切ったところだから… 「……」  いつか見た事例で、前世の記憶を思い出した人の体に、以前の死因になった傷跡が浮き出てきた…なんて話を聞いたことがある。  …まさかね……  まさか…  まさか…

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