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「じゃあさぁ!30分以内にプリント全部したら、ご褒美くれよ!」
「はぁ?」
素っ頓狂な声をついつい上げてしまう。
これだけの時間をかけて一問も解けていない補習プリントを30分でやる?
昔から無謀なとこはあったけど、変わってない。
こう言うところだけ、なんで変わんないんだ?
しかし、参ったな…ご褒美?
抱き締めて、よくできましたと褒めてその後にキ………は、オレへのご褒美か。
教師から生徒に何か贈り物なんて、ばれたら大目玉だ。
「えぇ…じゃあー…」
邪魔っ気な眼鏡のレンズの埃を見ながら、小さく唸る。
あ。
物より思い出とか言うしな。
今朝新聞で読んだ記事が頭を過った、県内の小さな記事で、県北でまだ桜が咲いている…と言う物だった。
今年は春が異様に遅く、入学式の桜も遅かった。寒い北では、遅く咲く種類の桜がまだ咲いているらしい。
桜は、二人でよく見に行った。
神職を得て、忙しくなってからはなかなかだったけれど、春に咲くあの花は印象深い。
「…じゃあ、気晴らしに…桜」
もしかしたら、二人で桜を見たら…思い出してくれるかも?
「へ?」
「桜、見に行くか」
からん…と机の上で音がした。
また転がった鉛筆サイコロが立てた音なのはわかりきっていて、まだやっていたのかと溜息を吐く。
「はぁ?」
その思わず漏れた声は、明らかに「何言っちゃってんのこいつ」な雰囲気を含んでいて…ムカッと来た。
「今、馬鹿にしただろ!」
「いやっちがっ……日野ちゃん、分かってる?今はもう…」
怒らしたのが分かったらしい。
腰を浮かして両手を上下に振りながらオレを落ち着かそうとしている。
「それが、咲いてるんだってさ」
「桜が?」
「そう、今年は咲くのが異常に遅かっただろ?それで、咲くのが遅い種類のがまだ少し北に行けば残ってるんだそうだ」
どうだ!と意気揚々と岡田を見てみると、顔をしかめて視線を泳がせていた。
「さくらかぁ~…」
やっぱりこの年代の子って…そんなんじゃ釣れてくれないか……
面白いと思うんだけどなぁ…季節外れの桜。
オレの感覚って、弟に言わせるとずれてるらしいからなぁ。
「アイスくらいなら買ってやるから!」
やっぱり物がいいのかもしれない、証拠の残らないものならばいいだろうと提案する。
二人で出かけたい!二人で!
「桜が見たいのって日野ちゃんなんでしょ?」
…オレ、そんなに必死だった?
「うっ」
「…まぁ…北って言えば、牧場で有名だしなぁ……」
あ、ちょっと乗り気になってくれた!
「うまいとこ、知ってるから!」
ここで押せば「うん」って言ってくれるかもしれない。
オレはうまく押さないとと言う緊張で汗の吹き出した拳をギュッと作って言った。
沈黙…
やっぱり駄目だった?
ちんも…
「んじゃ、5時50分までだな!」
嬉しそうにぱっと表情を明るくしたその男前っぷりに…鼻の奥の血管が切れるんじゃないかと言う錯覚に襲われた。
何その笑顔…
可愛い…
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