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「オレ?オレはもてないよ。…童顔のせいかな」  岡田はそんなオレの答えも、興味なさそうにして携帯電話を弄っている。 「久米は?」 「え?なんでそこで久米先生なんだ?」  もしかして、久米先生に気があるのかな?  まぁ…若いし…美人だと思うし… 「もしかして、今日、彼女と約束があったの?」 「なんでそうなるんだよ」 「乱暴に携帯閉じてたから…もしかして、機嫌損ねちゃったんじゃないのかなって」 「だから。彼女なんかいないって」  むぅ…と唇を尖らせて言い返す岡田が可愛くて…  それと同時にしっかり否定するその言葉に…ちょっと期待しちゃったり… 「…いないんだ」 「好きな奴なら…いるけど…」  さらりと期待を覆され、がっくりくる。 「片思い?」 「まぁ…そうかな」  微妙な言い回しが気にかかったけれど、とりあえず岡田は片思い中…と。  …こんな事分かったところで……オレの気持ちなんか告げる事はできないのに… 「そっかぁ…青春してるんだな。告白は?しないの?」 「ん…そのうち…」  するの!?  しないの!?  どっちだ!?  あああああっ!諦めなきゃいけないのに…  小さな一言で期待したり…がっかりしたり。  1800年だよ…  1800年。  長い?  短い?  その間、オレはずっと…君を思い続けていたんだ…  非現実的だと、どこかで分かっていた。  自分のこの記憶も、桜が…まだ咲いていてくれるかもしれないと言う事も…  桜を見れば…記憶を取り戻してくれるんじゃないだろうかと言う考えも…  見上げた空に、桜色の霞はわずかにも掛かってはいなかった。  雨で洗われたどこまでも澄んだ青空だけが、花を落として寒そうにしている枝の隙間から見えていた。  こんな筈じゃなかった。  桜咲く土手を二人で歩いて…もしかしたらと… 「日野ちゃん…残念…だったな」  そう慰めてくれる岡田の優しさも、もしかしたら…もしかしたら…と繰り返し思い込んでしまったオレにはあまり効果がなくて…  項垂れるしか出来ない。  枯れ木にも似た木の枝の寂寥感。  よっぽど情けない顔をしてたのかな?  岡田はいきなり手を掴んできた。 「へ?どうした?」 「どっかに、花が残ってるかもしれねぇだろ?」  幼い子供を慰める言葉のようで…  年下の岡田にそうやって慰められているオレが情けなくなった。  花なんて…咲いてない。  わかってるのに…  岡田は必死に顔を上に向けて目を凝らしていくれる。  オレが見たかっただけの桜。  1800年前のそれと同じなわけないのに…  迷子の子供のように岡田に手を引かれるオレは、きっとあの頃から全然前進できてないんだ…  オレの手を掴んでいた手に力が籠る。  あと、三本…  二本…  最後の一本にも咲いていないのは、ここからでもわかる。  …ここまで連れ出して、結局がこれか。 「仕方ない…か」  つまらなそうな岡田の声。  失望を表したかのようなその声が怖くて…俯いた。  オレは結局あの頃から何もできなくて、独り相撲を取って岡田を呆れさせたり、がっかりさせたりするんだ…  申し訳なさと情けなさで鼻の奥が痛んで泣きそうになった時、目の端をちらりと濃い紅が横切った。 「あーーーー!」  思わず上げてしまった声は、もうどうしようもない。  こんな物を桜と言うには気が咎めたけれど、岡田はものすごく驚いた顔で「な、な、なに!?」と慌てふためいている。  こんなことを言って馬鹿にされるだろうかとか思いながら、縋るように離されそうになった手を握り締めた。

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