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 放課後、科学室にいる事が多くなっていた。  理由は…そうしていると時々、岡田が訪ねてきてくれる時があるからだ。  例えそれが、お菓子をねだる為だったり、退屈しのぎの為だったとしても構わない。  ――――カラリ  開いた扉の音に振り返る。  岡田だと思って自然と緩んでいた顔は、久米先生の姿を見て萎んだ。  その明らかな落胆を彼女に気付かれたようで、申し訳なさそうな顔で会釈をしてきた。 「お邪魔…ですか?」 「いえ」  そうは言うも、きっと顔に出てるんだろうな。 「何か御用ですか?」  尋ねる声は自分でも分かる…  きつい声だ。 「あの…お話したいことがあって…」  彼女の赤い顔で、オレにどう言った感情を抱いているのかも、何を言いに来たのかも分かった。  この間の職員会議の事ですか?とすっとぼける事も出来たけれど…  岡田が久米先生の事を気にかけていた事がふと思い出されて、オレは…意地悪く彼女を傷つけたくなった。 「お話ですか?」  そう言って手招く。  こちらに寄ってくる久米先生は、女性と言うだけで岡田と結ばれる可能性を持っている。  それだけで、岡田に気にかけてもらえる。  ……どうしてオレはまた、男に生まれたんだろう…  どうして女と言うだけで… 「日野先生あの…私、先生の事を……」  昏い感情がむくりと起き上がる。  岡田に気にかけてもらえる彼女が羨ましくて仕方がなかった。  彼女の行為を断って、わずかでも泣かせてやりたいと… 「日野ちゃん」  カラリと再び音がした。 「あ」  こちらを見る岡田が、はっと目を見開いた。 「あ、あの、それじゃあ私はこれで失礼しますね」  告げようとしていた言葉を区切り、久米先生はパッと走り出した。  長い髪が風に揺れてふんわりと良い匂いをさせて…それを岡田が追いかけるように視線を動かす。  残り香を惜しむ様に、最後まで視線を廊下に残してからやっとこちらを向いた。  その目はやっぱり、久米先生を気にかけているようで…  彼女を傷つけたいと思ってしまった昏い感情はどこにも行く宛を見つけられず…  自己嫌悪で落ち込んだ… 「ごめん、日野ちゃん、邪魔しちゃったね」 「…いや、別に……」  邪魔した方が、岡田的には良かったんだろ!なんて…言ってやりたいけど。  これ以上みじめになりたくなかった。 「すねんなよ」 「すねてなんかない。何か用なのか?」  つっけんどんに言ってやると、岡田自身もむっとしたようだった。 「別に…なんもないよ」  誰かを傷つけようとする汚い自分を見て欲しくなくて、用が無くても来てくれたら嬉しいと思っていたのに、今はそれが苦しい。  いつも彼の視界に入っていたかった。  でも、今は見ないで欲しい。 「用がないなら、帰りなさい」 「………」  こんな嫌な奴、今も昔も…岡田も『天野祝』もきっと嫌いになる筈だ。  それでなくとも、オレはただの教師で…岡田にとってはその他大勢の中の一人なんだ。  …どうして生まれ変わっても、こう苦しまなくちゃならないんだ。  生まれ変わってなお思い続けて…  叶わないって分かってるのに…  生まれ変わっても記憶のある自分にむかつく。 「………」 「………帰らないのか?」 「…帰る……よ」  むっっつりと黙りこくって、ヤな奴なのに、岡田は何か言いたそうに突っ立ったままで…  投げかける視線は、オレと久山先生の密会を邪魔してしまった申し訳なさと、オレが怒っている事に対してのいたたまれなさに萎れて見えて…

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