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微かに聞こえたその呼び名は、今現在耳にする事のない筈の……
「なに?何て言った?もう一回言ってくれない?」
そんな筈はない…と、自分に都合のいい幻聴を聞いたのだと言い聞かせ、努めて平静を装って聞き返す。
ある筈がない…
ただの天体ショーだと割り切っていた筈だったけれど、どこかで昔の事柄と結び付けて考えてしまっていて…そう聞こえたに違いない。
ひょいっと顔の眼鏡を取り上げられる。
「あっ!」
「日光グラスするなら眼鏡いらないだろって言ったんだよ」
ほら、いつも通りの彼だ。
ほっとした反面、もしかしたら…と小さな期待が胸をくすぐったけれど、期待するだけ無駄だろうし、変な事を言って気味悪がられたくない。
岡田に嫌われるなんて…その方が世界の終りに感じる。
そう思うとジワリと涙が滲んできた。
「もう!」
「ほら、早く見ないと終わっちまうぞ」
どちらが教師か分からないセリフを吐かれ、それに促される形で岡田の前に駆け出す。
そうすれば、涙が出そうな顔を見られることはないから…
意識して、声を張り上げる。
「岡田!見てごらんよ!わっかになるよ!」
光が吸い込まれていく。
不変なものが消える不思議。
そして、地球が月の影に入ると言うただの自然現象。
『阿豆那比之罪(あずなひのつみ)』
そんなもの、ありはしなかった。
あるのはただ、美しい天使の輪のような光だけだ。
「綺麗だねぇ」
「…そうだな。綺麗……だな」
その言葉はどこか不承不承で…思わず岡田を見ると目が合った。
なんで…空じゃなくてオレを見てるんだよ?
「岡田も見なよ!」
「あーはいはい」
「なんだよ、その気のない返事はっちゃんとしないと点数上げないからな!」
「えっ…!?」
ぎょっとする岡田に日光グラスを渡す。
触れた指先が熱い…
「…昔は…こんな神秘的な事が、不吉だったんだよね…」
「小竹…」
え?
「今じゃプロポーズの小道具だもんねぇ」
遮ってしまった為に聞き損ねた言葉は…
「………………そうだな…」
岡田の大人っぽい同意に消されてしまった。
何…と、聞き返そうとした。
胸ぐらを掴んででも、何をしても…さっきの言葉を…
けれどオレが尋ね返す前に岡田はよろけるように膝を突き、座り込んでしまった。
「岡田?」
何が起こっている?
具合が悪そうに崩れ落ちた岡田の様はただ事じゃなくて…
自決してオレの体の上に倒れ込んできた瞬間を思い起こさせた。
「どうした?やっぱり、どこか具合悪いのか?さっきから…」
「違うっ!!」
怒鳴り声と…それから岡田の体温。
温もりに包まれてから、岡田が抱き締めてきたことに気が付いた。
強い力に、体中の骨がしなって…
このまま砕けるんじゃないかって、
このまま砕けて死んでしまえたらって…思った。
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