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千年の愛を貴方に 4

「随分とご立腹の様子だったツル」  幾度も練習したせいか、ついつい出てしまった語尾に慌てて口を押えてからマグカップを持って台所に立つ。 「今世はずいぶんと気が立ってらっしゃるようだけれど……」  覗き込んだマグカップの中身は空っぽで、きちんと飲み干して行ってくれた彼の優しさを思うと思わず頬が緩んでしまった。  追い出そうとするのが全力じゃないのも、  勝手にした片付けに「ありがとう」と言ってくれるのも、  押し付けた味噌汁を飲んで「ごちそうさま」と言ってくれるのも、  変わらない優しさだ。  罠にかかった鳥を見捨てられなかったのも、  飢えを承知で突然やって来た女を住まわせたのも、 「それにしても……」  二間あった分、ツル時代の家の方が立派だったと思う。  畳んだ服も随分と草臥れていたようだし、冷蔵庫の中身は空っぽで線が抜かれてしまっていた。部屋の中にはチェストもなければ机もなく、隅にわずかな物が積まれている他は、台にしているのか段ボールが伏せて置いてあるだけだった。 「さてさて、これは困ったツルー」  思わずそう一人でごちて、太い腕を組んだ。    ◇ ◇ ◇  お前には迷惑をかけないからと言う言葉と兄弟と言うこともあり、信じて保証人になったのだけれど、まぁ今世でも見事に騙されたと言うわけだ。  お人好しなのは重々承知だ、前世も前々世もその前も、手を変え品を変えて騙されたために暮らしぶりは良くなかったけれど、肉親に裏切られたのは初めてだった。  これが、思いの外心に重く圧し掛かって……  何かがぽっきり折れてしまった心持で、辛うじて生きて行けるだけの糧を得る生活に堕ちてしまった。  もう少しましな暮らしの時には、早くツルが来ないものかと心待ちにしていたのだが、繰り返す生の中でツルにはちっとも楽をさせてやったことがなかったから……  ここまで根性の入った貧乏くじも珍しいだろうに。  長い時の中で、夫婦として暮らしていた時もあった、その時も、俺の不甲斐なさを責めることなくニコニコと寄り添って……  恩を返しているだけだと言うけれど、それはもう十二分に返してもらったし、むしろ恩を返さなければならないのは俺の方だ。  でも、今の俺に出来ることと言ったら、これ以上苦労させないようにただあいつの手を離すだけで……  建付けの悪い扉を開いた途端、むくつけき男が手でハートを作って出迎えるから、思わずその場に崩れ落ちた。

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