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幸せな子供たち
はぁ、と溜息をついた。想像以上だった。必死に取り繕って学校生活を送っていたのだ。痛みや空腹を堪えながら、クラスのあの視線を浴びていた。高圧的な態度は怪我をした猫の威嚇のようなものなのかもしれない。その傷にふれて、守りたい。もうこれ以上傷ができない様に守ってあげたかった。
「おはよう、ハルちゃん」
桂助がいつもの様に振り返る。
「はよ、」
「最近早いね」
「そーか?」
隣を見る。いつもの様に、外界を遮断するように本を読んでいる姿。
「おはよ、委員長」
視線だけ向けて
「ああ」
と呟く。
「桂助と委員長て、どっちが来んのはえーの?」
バックから最初に取り出すのは下敷き。今日も暑い。
「んー委員長のほうが、早いよね、」
「そうだな」
「あ、俺、初めて会話した!よろしくねー」
にこにこ、笑みをむける桂助。
一方、本から視線を上げない委員長。
「ハルっ!昨日なんも言わずにサボりやがって、」
真咲の声がした。
「どこにいってたんだよ」
「どこでもいいだろ、俺はお前の彼女か?」
「お断りだ!!朝から気持ちわりーこと言うんじゃねーよ」
ぎゃーぎゃー、騒ぐふたり。
「相変わらず騒がしい人達だよねー」
頬杖をついた桂助がぽつり、と言う。
三限目の休み時間。疲れた、と机に突っ伏していた。何やら廊下が騒がしい。桂助が偵察に
行ってくる、と席を立った。どーせ、喧嘩だろうと欠伸をする。そういや、委員長どこいったんだ?だらり、とした格好のまま隣の空席をみる。
「なんかね、」
桂助が戻ってきた
「委員長が怒られてる」
ガタン、と椅子を引いた。
指導部の先生に怒られてる、委員長が!
まじ!見に行こう!
そんなざわめきがクラスに広まっていた。
「くそ、」
人にぶつかりながら廊下を走った。
野次馬の輪ができていた自販機の前。その中を分け入るように進んだ。
「なんで規則を守らない。夏服の上にセーター着用など認めていない。早く脱げ!」
響く声。高圧的にがなるのは、指導部の一番面倒な奴。壁際に居たのは睨み返す優等生。しかし何も言い返せない。周囲からは嘲笑う声。独りで戦う小さな姿。
「てめー、こんな見世物みたいに
怒鳴るんじゃねーよ!!」
思わず怒鳴ってしまった。委員長の前に割ってはいる。周囲からは驚きの声
「直ぐにセーターを脱げば済むことだ!」
一層大きな声。後ろでびくり、と肩を震わせる気配がした。こいつは正論だ。くそ、言い返せない。
「草戸、もういい」
屋上と同じ言葉。諦めたような声。ぷちり、とボタンを外す。周囲には野次馬がぞろり。息を飲む音、小さな悲鳴。やばっ、という声。
「すみませんでした」
そう言って先生にセーターを渡す。その腕は細く白く傷だらけ。好奇の視線に晒されていた。
「っ、どけよ!」
委員長の腕を掴んで人混みを進む。手は震えていて、胸が締め付けられる。ロッカーにジャージがあったはずだ。委員長は俯いてついて来ている。教室に入ると静まり返った。まだ廊下に居るよりはマシだ。ロッカーを探る。その間じっ、と俯いて隣に突っ立っている。
「ちっ、」
ない。この間雨が降った日に着て帰ったのを
思い出した。
「あー、使えよ
委員長サン」
ジャージを差し出したのは真咲だった。動かない委員長。
「あいつ、ムカつくよな」
ジャージを肩にかけてやる真咲。
「す、まない」
手はまだ震えていた。
怒りの行き場を無くして机にあたってしまう。
がしゃん、派手な音を立ててひっくり返る机。
「ムカつく、」
「誰が?」
桂助が何時もより大きな声を出した。
「あいつと野次馬」
その言葉で廊下の人口が一気に減った。
その日から出来るだけ委員長の隣にいた。独りを好む人だから、一定のラインを踏み込まないように。桂助も真咲も気が回せる奴だ。先日の一件は噂が広まったが、それも、二週間ほどで無くなった。一番大きく広まった噂は、あの傷は俺が付けたというもの。腹がたったが、まだ自分に向けられた悪意だったからよかった。
委員長は先生の許可を貰って合服を着ていた。
また、いつもの日常に戻りつつあった。
あの日からひとつの日課が出来た。帰り際、委員長にうちに寄るか?と尋ねること。きっと向こうからは言ってこない、どんなに辛くても。
大丈夫だ、すまない。
いつも伏し目がちに一言返してくる。あの日さぼってあれっきり。うちには来ていない。なんとかしてあげたい、そう考えるが解決策が思いつかない。そのまま流れた二週間だった。
「委員長、」
「大丈夫だ」
今日も同じ言葉。合服だと傷も細さも分からない。心配だが入り込むことを拒まれる。人混みの廊下を歩く後ろ姿を見つめた。
「ハル、遊び行こーよ」
ぽん、と肩を叩くのは桂助。
真咲は
「どこいくんだ、」
ピコピコ携帯をいじっている。
実家が古くからの名家の真咲。よく黒塗りの車が迎えに来ている。家に連絡なのかもしれない。
「女の子が足りないね~」
桂助が呟いた。
で、なんだ。この状況は。甘いもんが食べたいそんな真咲のわがままに付き合った結果のフルーツパーラー。そこまではいい、が野郎三人で馬鹿な話をしてたはずが、トイレから帰ってきたら上品なお嬢様二名が自分が陣取っていたソファに座って桂助と真咲と談笑している。なんだもうこいつらは。
「あっ、ハルおかえりー!さっき知り合ったんだよ。なんと、明星学園なんだって」
あ、笑顔が眩しい。可愛い女の子がいると直ぐにこれだ。渋々真咲の横に腰を下ろす。
「こいつねー、みてくれは怖いけどいいやつなんだよー。」
ハニカミがちに会釈された。うん、お嬢様だ。確かに可愛い。明るそうなポニーテールの子と
大人しそうなユル巻きパーマの子。桂助、入ったときから狙ってただろ。
まて、明星?確かあいつも。
「なあ、春宮って
知ってんか?」
思わず口走ってしまった。
きょとん顔の桂助と真咲。
一方、知ってます。と微笑む彼女ら。
「えっと、一成君ですよね、」
「おう、!どんな奴だ?」
一縷に一成。ビンゴだったらしい。
「かっこいいですよね、顔もだし立ち振る舞いとかも。人気で有名人ですよ」
「確かお母様が、モデルだったはずです」
真咲達も気づいたようで、神妙な顔で聞いていた。
「お知り合いですか?」
「ああ、ちょっとな」
貼り付けたような笑顔が浮かぶ。光と影のようで、いらいらした。
結局聞けたのは、あの一成っていう奴が明星でも人気がある事、母親がモデルをしている事、
学校のちかくの丘の上の一等地に家がある事
ぐらいだ。彼女も凄く可愛いらしい。ますます癪に障る。あいつはあんなになってるのに、聞いた限り幸せ過ぎる生活を送っている。
「ちっ、」
「一成って奴、委員長の兄弟か、なんかか?」
「まだ、よくわかんねーけどな」
真剣な声の真咲。
「あんま、ごちゃごちゃ考えんなよ。馬鹿なんだからよ」
「うっせ、」
笑い合う帰り道。俺らも充分幸せ過ぎる生活を送っているのかもしれない。
がちゃり、家の玄関を開ける。
「あんたなんて死ねばいいのよ!」
がしゃん、何時ものように聞こえる罵声。ガラスが割れる音。ため息がでる。お抱えの運転手から荷物を受け取る。
「あきないねー、ママも」
「一成様、」
何か言いたそうだ。
「大丈夫、流石に殺しはしないと思うよ」
靴箱を開ける。奥から、汚れた一縷の靴を取り出す。財布から千円札を抜くと靴底に入れた。
「死んで貰っても困るしね」
知ってる。一縷にとってこの月一の千円札が唯一の生活の綱だという事は。
流石に金を持たないのは不憫だと一万円札を入れた事があった。そうしたら次の日、ママから叩き返された。
だめよ、あの子にこんなお金あげたら。
微笑みながら言われた言葉。逐一、確認されて居るらしい。背筋が凍った。
いつ自分がママの人形になるか分からない。
父親が海外にいる間のストレスの捌け口。おとなしくママに従うしかない。かわいいお利口な一成くん、を演じるのだ。身を守るために。
「ごめんね、一縷」
二階の物置部屋の前に置かれた洗濯物。その間に何時ものように飴を入れた。日課になっている。身代わりの代償だった。
♪~
携帯が鳴る。
「もしもし、どーしたの?もう寂しくなった?」
窓に映った自分はとても醜かった。
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