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ドクドクと耳元で鳴る鼓動は、忍の耳に届いているのではないだろうか…。
体の中に渦巻く炎を、見透かされているのではないだろうか…。
それがわかっているからこそ、忍はわざと瑠維を煽っているのではないだろうか…。
普段は料理に対してストイックな瑠維が、耳まで真っ赤にして俯く姿はかなり驚きなのだろう。
厨房から覗いていたチーフは、思わぬ光景に鼻血を噴き…。
店内を回っていた給仕の者たちも、二人の間に漂う雰囲気が気になって仕方ない。
通りすがりに瑠維の甘くて稚(いとけな)い表情を見たウェイターは、さりげなく厨房に戻るとそのままトイレへ駆け込む始末だ。
何となく奥が忙しない雰囲気なのを感じ取り、忍が伝票を手に立ち上がる。
「さ、行こうか」
蠱惑的な瞳に捉えられて固まったまま、手を引かれる。
一分の隙も無い完璧なエスコートに、瑠維は口をパクパクさせるしかない。
『うわ…、すっごい甘い雰囲気…。
厨房の主(ぬし)って、あんな顔もするんだぁ…』
『普段はストイックで、あの人の前では甘い雰囲気かぁ…。
やだ…、なんか可愛い…』
パーテーションの陰から見ていたウェイトレス達も囁き合う。
ただ、誰ひとり否定をするわけではなく、全員が好意的に受け止めているようなので、忍は敢えて黙殺を決め込んだのだった。
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