56 / 61

第八章・2

 生徒指導室には、すでに誰もいなかった。  もちろん、草野の姿も無い。 「職員室か!」  走って駆けて、凌介は勢いよくドアを開けた。  何事か、と一斉に教師たちの眼が注がれる。  その中には、湯呑片手に学年主任と談笑していた草野もいた。 「草野ォ!」  思いきり、殴った。  拳で。  がたがたと草野は倒れ、尻で張って逃げようとしたが、凌介はその胸倉をつかんでさらに数発殴りつけた。 「ひ、ッひいぃい!」 「こいつッ! この、セクハラ教師がぁ!」  よくも、雪緒を。  大事な、俺の雪緒を!  ポケットを探り、草野のスマホを力任せに床に叩きつけた。  割れて壊れた器械を、足で踏みにじって粉々に砕いた。 「波多、やめなさい!」 「一体、何があったんだ!」  そこまでで、凌介は動けなくなった。  数人の男性教諭が、腕を体を足を抑え込んでしまったのだ。  瞬く間に、大騒ぎになってしまった職員室。  他の教師に連れられ、草野はその場からいなくなった。  とにかく、波多を落ち着かせなければ、収まらない。  そう考えた、大人の知恵だった。  草野が視界から消え、ようやく凌介の荒い息遣いはゆっくりと鎮まった。 (やっちまった……)  だが、後悔はしなかった。

ともだちにシェアしよう!