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2 明砂(Jul.18th at 10:40)

 2時間目の授業が終わり、休憩時間になると、明砂は教室に入った。  30人ほどいるクラスの生徒の視線が集まり、軽く手を上げて挨拶すると、中央辺りの自分の席に着く。 「今日、休まなかったんだ?…真面目かっ!」  クラスメイトの中で一番仲が良い、四谷(よつや)が話し掛けて来た。大柄で、既に会社役員くらいの風格の見た目をしているが、話し出すと、途端に子供っぽくなるのが彼の特徴だ。 「いや、家帰っても、特にやる事ないしさ…。」  明砂は苦笑して見せた。 「検査、大丈夫だったの?」  隣の席のツインテール女子、熊野(くまの)も心配そうに話し掛ける。彼女は仲良しグループの一人なので、明砂の遅刻の理由を詳しく知っているのだ。 「うん、結果は正常だって。…一時的な異常か、デバイスの誤作動…みたいな感じだったのかな?」 「そっか…。そういう事って、あるんだ。アラート鳴ると、ドキドキしちゃうよね。」  熊野が少し不安そうな顔をしてみせた。 「国営アプリだしな。無料だけど、個人情報が全部、だだ洩れになってるんだろうなぁ…なんて、思わない?」  眉を顰める四谷に対して、明砂は首を傾げてみせる。 「アラート自体は本人と保護者にしか分からないし、病院へ行かなければ、情報は家族止まりの筈だよ。インプラント管理法は関係してないと思うけど?」 「管理されてるのは、正確な人口密度とか、性別の把握とか、一部の人の収入とかでしょう?」  熊野が補足するように、管理の内容を口にすると、四谷が首を横に振る。 「いやいや、俺ら、インプランタブル世代の健康診断、IQ、EQテストの詳細は、国の中枢に送られ、管理されているという、まことしやかな噂があるのだよ。」  それは明砂も聞いた事のある噂だった。量子コンピューターの実用化により、膨大なデータも瞬時に処理できる時代だから、生まれた噂なのだろう。 「ああ、それね。…それが事実だとしても、なんか困る?」  明砂の反応に、四谷は更なる言葉を探した。なんとか不安を煽ってみたいという意図が見え隠れしている。 「困んないけど…。なんか嫌だろ?…自分の知らない所でランク付けとか、されてたらさ。」 「ランク付けね。…例えば同時に重篤な患者がいた場合、優秀な方が優先されるとか?」  四谷の気持ちを察した明砂は、少しだけ乗ってあげる事にした。 「それ!絶対、有り得るよ!」 「でも、優先される立場かも知れないしね。」  最終的には熊野の言葉で、インプラント管理法の脅威は露と消えた。  彼らの世代でインプラント管理法を、本気で受け入れられないという者はいない。生まれた時から、それが当たり前だったからだ。  それでも多少の文句を言ったりするのは、インプラント管理法の前に生まれた、彼らの親世代の影響なのだろう。 「…ウェアラブル世代の人達みたいにさ、通信機器を携帯しなきゃならないとか、今更、考えられる?それに、インプラントを拒否すると、色んなサービスが有料になるんだよ。」  デバイスを持ち歩く大人達が、デバイスを忘れた、紛失した、充電が切れた等と騒いでるのを見たり、でかいゴーグルをしてVRを体験している姿を見たりすると、インプランタブルな彼らは、そんな日常は有り得ないと思ってしまうのだった。 「そうなんだよな…。うちの両親がウェアラブル派でさ…。その辺は金が勿体ないって思う。」  四谷が丸め込まれた処で、休憩時間が終了した。

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