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3 明砂(Jul.18th at 12:40)
昼休みになった。
明砂は自席に着いたままデバイスを操作し、学生食堂のメニューを呼び出すと、日替わりランチを注文した。
同様に注文した様子の四谷と一緒に、示し合わせたかのように食堂へ向かう。
一階まで降りて、渡り廊下を渡った先は、沢山の生徒達で溢れていた。皆、学食が目的なのだ。
ガラス張りで明るいそこは、大きな施設のフードコートのような造りで、大勢の生徒が利用しても余裕で席を取れた。
二人はカウンターでランチを受け取ると、空いている席に並んで座った。
斜め前方に見える席では、ウェアラブル・デバイス世代である50代後半と見られる教師が、タブレットを操作している。それを何気なく見ていた明砂の目の前に、突如、ポニーテールをした男子生徒の顔が割り込んで来た。
「あれ、今日、休みじゃなかったっけ?」
明砂の中学時代からの友人である、直樹 だった。彼が普段は肩に垂らしている髪を、ひとつに結い上げている時は、体育の授業があった事を示している。
「え?それ、誰の情報?」
明砂が問いながら四谷に眼差しを向けると、横で四谷が手を上げて、名乗りを上げた。
「今日、ジャージを借りに行ったら、病院に行くから休みって聞いてさ…。遺伝子の異常が見つかったって、本当?」
直樹が問いながら、ランチの乗ったトレイを置いて、明砂の正面に座った。
「嫌だな、その言い方…。正常だったよ。心配掛けちゃった?」
直樹の興味本位な訊き方に、少し気を悪くした明砂だったが、心配してくれたのなら許そうと思った。しかし、それは直ぐに否定される。
「いや、心配っていうか…。明砂、α 性かΩ 性だったのかなって、ちょっと思ってさ…。」
明砂は僅かにドキリとさせられる。α性というものに、心当たりがあったからだ。
「それって、都市伝説じゃなかったっけ?」
四谷が口を挟んだ。
「うん、Ωの方はね。でも、αは存在してるらしいよ。…明砂の住んでるタワーマンションはさ、上階の住人は皆αだって噂あるんだけど、知らない?」
直樹の問に、心当たりを悟られないように、明砂は惚けてみせる。
「さあね。…うちは全員、普通だよ。」
話題を変えたいと明砂は思ったが、四谷が話題に喰い付く。
「αって、あれだろ?超優れた遺伝子の人達で、人口的には年々減少していってるっていう…。で、Ωは…って何だっけ?よく知らないな。」
「どっちもただの性別の細かい分類だよ。血液型のRh+、-みたいな事じゃないの?因みに僕達はβ ね。」
明砂が簡潔に答えた後、三人の間に違和感が漂った。
「わ!βだって。久し振りに聞いたな、βとか!…確かにβって、IDの一般提示外の片隅に記されてるよな。でも、正直、性別を細かく分類してるのって、ピンと来ない。…何の意味があるんだろう?」
四谷の疑問を受け、明砂は秘かにデバイスを起動させ、Ωを検索してみる。αの話でなければ、それを話題として、続けてもいいと思ったからだ。
その間に、直樹が更に語ろうと、身を乗り出して来た。
「二人は、あの噂知らない?…国が秘かにΩを見つけようとしてるって噂。」
明砂と四谷は首を傾げる。そんな二人に、嬉々として直樹は言葉を続ける。
「インプラント管理法が設立されたのは、インプランタブル世代の中から、Ωを見つけるのが目的だったって噂があるんだよ。」
「…存在したら、αよりも希少種だから?」
四谷はΩの存在を、恐竜かUMAのように認識しているようだった。
明砂は検索を終了した。
「今、ネットで検索してみたけど、日本においては、45年くらい前に最後の一人が亡くなって以来、Ωの存在は確認されてないらしいね。それ以外の情報は…保護法があるって事くらいで、何も見当たらない。勿論、他国の情報もね。閲覧に制限が掛かってるのかな?」
「そうなんだよね。ネットで調べても、不思議と情報はないんだ。祖父母世代の人から口伝てで聞いたっていうのが、噂話として時々回って来るくらいでさ。…で、俺のソースもそんな感じなんだけどね。」
何となく背景を予測しながら、明砂は直樹に問う。
「誰に聞いたの?」
「俺の伯父さんから!…で、その伯父さんの友達の友達の従姉のお祖父 ちゃんがさ、男のΩから生まれたんだって。」
友達の友達というフレーズに、明砂と四谷は同時に失笑した。
「それ、正に都市伝説な語り口な!」
「…って、今、男から生まれたって言った?」
四谷が突っ込んだ後、明砂が後半部分のワードに着目した。
「言った。…Ωは男女共に、発情期とかが定期的に来る人種なんだって。発情するとフェロモン撒き散らして、周囲の人間を誘惑しまくるらしくて…。んで、男でもΩだと発情して男誘って、妊娠しちゃうんだってさ。」
直樹の言葉を、四谷は全力で否定する。
「いやいや、何で同性誘うんだよ?それに先ず、男が妊娠、出産って、有り得ないでしょ。」
「…詳しいメカニズムは知らないけどさ、Ωは孕みたい本能が、あるみたいなんだよ。だから、もしも男のΩが存在してたら、有り得る話なんだって。」
「信憑性低いけどね。…で、なんで国がΩを探してるって噂、あるの?」
話半分といった感じで、明砂は訊いた。
「Ωって繁殖行為に特化した体してるらしいし、妊娠も、し易いって話だから、人口減少に歯止めを掛けさせたいとかかな?…推測だけどね。」
「ヤバッ…!Ωが見つかったら、延々、出産マシーンにされちゃうワケ?それ、どんなマニアックなAVだよ?」
四谷の見解で、Ωの話が一気に下ネタトークと化した。
「なぁ!…でも、発情するΩ女子、ヤバい!」
直樹が興奮気味になり、明砂も賛同する事にする。
「Ω女子か…。それは是非、会ってみたいよね。」
ふと、紅潮した面持ちで、直樹が明砂の顔を見つめて来る。
「もし明砂がさ、精密検査に呼ばれた件で、Ωって診断されてたら、どうした?」
明砂は戸惑いを浮かべたが、適当な答えを探す。
「どうしたって言われても…。まあ、妊娠出来るんなら、出産してみてもいいかなって思うよ。」
「マジかよ…?」
直樹が真顔で受け止めたので、明砂は即座に否定する。
「冗談だよ。」
「え?でも、俺は明砂に迫られたら、抱けると思うよ。」
当たり前のように直樹に返されたので、明砂は寒気を感じてしまった。空論だとしても、攻守は逆にしておきたい心理に駆られる。
「僕が逆に直樹に迫られたら、…絶対、無理!」
「なんだか、会話が寒い方向へ…。」
四谷がそう言った後、三人は突如、我に返ったようになった。
――…ああ、早く彼女欲しいな。
三人は脳内で、ほぼ同時に呟き、そして同時に溜息を吐いた。
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